実際にやってみたら?
エマと話した日の夜は、久しぶりに実家で過ごした。
半年は帰らないつもりでセルトへ出ていったのに、一ヶ月ちょっとで戻ってきたものだから、母さんには帰った時から色々聞かれている。
夕食を食べながらセルトでの暮らしや商売について話していると、当然、今回わざわざ戻ってきた理由にも話が及んだ。
「それで、今回は何しに戻ってきたの? 忘れ物?」
「違うよ。仕事」
「仕事で二日かけて帰ってきたの?」
「人を雇うかもしれなくて」
そう答えると、それまで黙って食べていた父さんまで顔を上げた。
「お前が?」
「その反応なに?」
「いや。セルトへ行って一ヶ月で、随分話が大きくなったと思ってな」
「まだ雇うって決まったわけじゃないよ」
石鹸を作る人が足りなくなったこと。
道具を増やして作り方を変えても、セラさん一人ではこれ以上増やすのが難しいこと。
それでハンスさんに相談して、仕事を探すことになるエマを紹介してもらったこと。
今日初めて会って話し、明日はセラさんのところで実際に石鹸作りをやってもらうことになった。
そこまで説明すると、母さんが少し感心したように頷いた。
「ちゃんと会ってから決めるのね」
「さすがに人だからね」
「買い物もそれくらい考えてから決めればいいのに」
「今その話する?」
父さんが笑っている。
一ヶ月ちょっと離れていたけど、帰ってくれば何も変わっていなかった。
セルトでカイルと二人で暮らすのにも慣れてきたけど、こうして家で夕食を食べていると、やっぱりこっちはこっちで落ち着く。
「それで、その人を雇ったらレインが給料を払うの?」
母さんが聞く。
「カイルと二人の商売だから、そっちから払うつもり」
「毎月?」
「働いてもらう日数にもよるけど」
「ちゃんと払い続けられるの?」
「……そこも今考えてる」
人を雇うということは、今月だけ金があればいいわけじゃない。
俺が新しい道具を買うのとは違う。
改めてそう考えると、やっぱり結構大きな話だ。
「なら、よく考えて決めなさい」
母さんはそれ以上口を出さなかった。
父さんも同じだった。
結局、最後に決めるのは俺とカイルだ。
その夜は久しぶりに自分の部屋で寝た。
半年分の荷物を持って出たせいで少し物が減っているけど、それ以外は出発した時のままだ。
一ヶ月ちょっとしか経っていない。
それなのに、少し懐かしく感じるのが不思議だった。
◇ ◇ ◇
翌日。
俺とカイルは、セラさんのところへ集まっていた。
今日は話を聞くだけじゃない。
実際にエマに石鹸を作ってもらう。
「最初から全部一人でやらせるわけじゃないからね」
セラさんが言う。
「まずは見てな。途中からやってもらうよ」
「分かりました」
エマは少し緊張しているように見えた。
昨日は店で働いている時のことを色々聞いたけど、物を作る仕事はほとんどしたことがないと言っていた。
俺だって最初は何度も失敗した。
一日で完璧にできるとは思っていない。
「じゃあ始めるよ」
セラさんが作業を始める。
俺たちがセルトから送った混ぜる道具も、ちゃんと置いてあった。
実際に使っているところを見るのは初めてだけど、向こうで使っている物とほとんど同じだ。
「これで混ぜる。前は全部手でやってたけど、今はこっちの方が楽だね」
「どれくらい混ぜるんですか?」
「時間じゃなくて、状態を見るんだよ。このくらいになったら次」
「このくらい……」
エマが覗き込む。
少し不安そうな顔をしていた。
「分かりづらい?」
俺が聞くと、エマは正直に頷いた。
「今はセラさんがいるので分かります。でも、一人でやった時に同じかどうか判断できるかなって」
「最初はそんなもんだよ」
セラさんは気にした様子もない。
「何回かやれば分かるようになる」
「分かりました」
エマはそう答えたけど、まだ混ぜている物をじっと見ている。
覚えようとしているのは伝わってきた。
◇ ◇ ◇
一通り見せてもらったあと、今度はエマが作業することになった。
材料の準備から始める。
セラさんに確認しながら進めているから、当然俺たちより遅い。
「それはこっち」
「あ、すみません」
「謝らなくていいよ。最初なんだから」
置き場所を間違えたり、次に何をするのか聞いたり。
それでも、一度教えられたことを何度も聞き直すことはなかった。
むしろ気になったのは別のところだ。
「これは、いつもここに置いてるんですか?」
エマが材料を指して聞いた。
「大体ね」
「こっちは?」
「空いてるところに置いてるよ」
「決まってないんですね」
「困ったことないからね」
セラさんが答える。
エマは少し考えてから、使った材料を元の場所へ戻した。
「何か気になる?」
カイルが聞く。
「一人ならいいんですけど」
「うん?」
「何人かで作るようになったら、置く場所を決めた方が楽かなと思って」
俺とカイルが顔を見合わせる。
「まだ一人だよ?」
俺が言う。
「そうですけど、増やすために私を探したんですよね?」
「あ」
そうだった。
俺たちが欲しかったのは、今だけセラさんを手伝う人じゃない。
作る量が増えても回せるようにするための人だ。
「それに、私が一人で作るようになった時も、毎回同じ場所にある方が間違えにくいので」
「なるほど」
セラさんも少し感心したように頷いている。
すごい発明ではない。
金がかかる話でもない。
ただ、毎回同じように作るために、毎回同じように準備する。
俺はそういうところをあまり考えたことがなかった。
◇ ◇ ◇
混ぜる作業に入る。
最初はセラさんが横についていた。
「もう少し」
「これくらいですか?」
「まだだね」
「じゃあ、もう少し」
エマが道具を動かす。
しばらくして、また確認する。
今度はセラさんが頷いた。
「そう。それくらい」
「これを覚えるのが難しそうですね」
「何回かやれば嫌でも覚えるよ」
その会話を聞きながら、俺は混ぜる道具を見る。
これ、もう少し大きくしたら一度にもっと――。
「レイン」
カイルに呼ばれた。
「何?」
「今、何考えてた?」
「別に」
「絶対何か考えてたでしょ」
なんで分かるんだ。
「いや、もっと一気に作れたら――」
「今日は今の作り方を覚える日ですよね?」
エマに言われた。
「……はい」
昨日会ったばかりの人に止められた。
横を見る。
カイルが笑っている。
「何笑ってんだよ」
「いや、助かるなと思って」
「まだ雇ってないからね?」
「そうだった」
セラさんまで笑っていた。
なんか俺だけ扱いがおかしくない?
◇ ◇ ◇
その後も作業は続いた。
大きな型へまとめて入れるところまで進め、切り分ける作業についても説明する。
すぐ完成する物ではないから、今日だけですべてを一人で経験できるわけではない。
それでも、一連の流れは見てもらえた。
「どう?」
作業が一段落したところで、俺はセラさんに聞いた。
「何が?」
「エマさん」
本人の前で聞くのもどうかと思ったけど、セラさんは気にしなかった。
「初めてならこんなもんだろ」
「大丈夫そう?」
「今のところはね。分からないことを勝手にやらずに聞くし、一度教えたことはちゃんと覚えてる」
エマが少しだけ姿勢を正した。
「ただ、一日やっただけだからね」
「ですよね」
そこは俺も同じ意見だ。
一回うまくいったから採用。
そんな決め方をするつもりはない。
今度はエマにも聞いてみる。
「やってみて、どうでした?」
「思っていたより覚えることがあります」
「嫌になった?」
「そこまでは言ってません」
即答された。
「ただ、慣れるまではセラさんに確認しながらやりたいです。一人で勝手に作って失敗する方が困るので」
「それはそうだね」
カイルが頷く。
「あと」
エマが作業場を見る。
「置き場所は決めたいです」
「そこ大事なんだ」
「探す時間がもったいないので」
真面目な顔で言われた。
たぶん、この人は俺とは結構違う。
俺なら作業場を見て、まず新しい道具を増やしたくなる。
エマは、今ある物をどう並べれば同じ仕事を続けやすいかを考える。
カイルともまた少し違う。
「俺はいいと思う」
セラさんたちと別れたあと、カイルに言った。
「僕も」
「じゃあ決まり?」
「エマさんの方にも決めてもらわないと」
「あ、そっか」
俺たちが選ぶだけじゃない。
向こうだって、俺たちの下で働くかどうかを選ぶ。
仕事内容は実際に見てもらった。
俺たちも、エマが働くところを見ることができた。
あとは条件をちゃんと決めて、お互いが納得できるかどうか。
初めて人を雇う話も、ようやくそこまで来た。




