どんな人なんだろう?
ハンスさんへ返事を送ってから、数日。
俺たちはセルトでいつも通り商売を続けながら、リーネからの返事を待っていた。
石鹸を売ったり、宿の在庫を確認したり、火付け道具の追加を職人に頼んだり。やることはあるのに、ふとした時に考えてしまう。
俺たちが初めて雇うかもしれない人。
「どんな人なんだろうな」
「まだ向こうが興味あるかも分からないけどね」
「ハンスさんが紹介するくらいだから、変な人ではないだろ」
「それはそうだと思う」
カイルもそこは同意した。
ハンスさんは付き合いが長いから分かる。
頼めば誰でも紹介してくるような人じゃない。
むしろ俺が「この人どうです?」と連れていっても、駄目なら普通に駄目と言う側だ。
「真面目に働いてるって書いてあったよな」
「うん」
「石鹸作ったことは?」
「ないんじゃない?」
「だよなあ」
そこは仕方ない。
そもそも、石鹸を作れる人を探しているわけじゃない。
セラさんから覚えてもらえばいい。
大事なのは、ちゃんと続けてくれるかどうかだ。
そんな話をしていた数日後、ハンスさんから二通目の手紙が届いた。
◇ ◇ ◇
「返事来た」
今回は部屋まで持ち帰ってから開けた。
前回みたいに道端で読むのはやめた。
どうせカイルと相談することになる。
机を挟んで座り、手紙を広げる。
「名前は……エマ」
「女の人なんだ」
「十八歳だって」
思っていたより年上だった。
俺たちが十五歳だから、三つ上。
前世の感覚だと十八歳なんてまだ若いけど、この世界では十五歳で成人だ。
働き始めて何年か経っていてもおかしくない。
エマは今、リーネにある小さな店で働いているらしい。
扱っているのは布や糸、それに簡単な日用品。
作る職人というより、商品の整理や在庫の確認、客への受け渡しなんかを任されている。
「これ、結構合ってない?」
「石鹸を作る仕事とは違うよ」
「でも数を確認したり、材料見たりできるじゃん」
「それはそうだね」
今の俺たちに必要なのは、すごい物を作れる職人じゃない。
決めた作り方で、同じ物をきちんと作る。
材料が減っていたら確認する。
完成した数を数えて、必要な分を分ける。
そういう仕事を任せられる人だ。
ハンスさんが紹介した理由も、その辺りにあるらしい。
ただ、問題は今の勤め先だった。
「店主が店を畳む……」
年を取った店主が、別の町で暮らしている息子のところへ移ることになった。
そのため、店も近いうちに閉める。
エマが何か失敗したわけでも、店が潰れたわけでもない。
単純に、働く場所がなくなる。
「それで次の仕事を探してるのか」
「みたいだね」
家族もリーネにいる。
実家へ戻れば暮らせないわけではないらしい。
それでも本人は、店が閉まったあとも働くつもりでいる。
そこまで読んだところで、少し変わったことが書いてあった。
「……結婚?」
「何?」
「いや、ハンスさんが書いてる」
エマの家族は、次の仕事を急いで探さなくてもいいと思っているらしい。
十八歳なら、そろそろ結婚のことを考えてもいい。
周りからも、仕事より相手を探したらどうだと言われることが増えている。
「十八で?」
思わず声が出た。
「成人して三年だよ」
「そうだけど」
前世の俺が聞いたら泣くぞ。
三十歳を過ぎても独身で、ようやく老後の心配を始めた男がいたんだから。
まあ、俺なんだけど。
「それで本人は?」
「えっと……」
続きを読む。
ハンスさんも詳しい事情までは知らないらしい。
ただ、本人と話した時に、
『結婚する気はある。でも、相手も決まってないのに仕事を辞めて待っているつもりはない』
とはっきり言ったそうだ。
「いいじゃん」
「そこ?」
「いや、ちゃんとしてるなって」
結婚したくないわけではない。
働き続けたいから結婚しない、というわけでもない。
まだ決まってもいない未来のために、今の仕事を諦めるつもりがないだけだ。
なんとなく、どういう人なのか少し見えた気がした。
◇ ◇ ◇
手紙には、俺たちの話をエマにもしたと書いてあった。
石鹸を作る仕事。
今までとは違う仕事になること。
最初はセラさんから作り方を教わること。
俺とカイルが始めた商売で、まだ大きな店や工房があるわけではないこと。
そこも隠さず話してくれたらしい。
「反応は?」
カイルが聞く。
「興味はあるって」
「じゃあ、働いてくれる?」
「まだそこまでは決めてない」
エマからすれば当然だ。
給料も、働く日数も、詳しい仕事内容も決まっていない。
雇う側の俺たちだって、まだ本人と話したことすらない。
お互い、判断するには早すぎる。
ただ、一度話してみることについては向こうも了承している。
「会ってみたいな」
「僕も」
今の店が閉まるまで、まだ少し時間があるらしい。
急いで決める必要はない。
それなら、手紙だけで無理に話を進めるより、一度ちゃんと会った方がいい。
「でも、どうする?」
カイルが聞いてくる。
「何が?」
「会うならリーネでしょ」
「あ」
忘れてた。
俺たちは今、セルトにいる。
しかも、まだ半年の滞在を終えていない。
「……帰る?」
「それ、前も言ってたよ」
「でも会いたいし」
「僕も会った方がいいとは思う」
人を雇う。
たぶん、今まで買ったどんな道具より慎重に決めた方がいい。
金を払って終わりじゃない。
これから先、俺たちの商売を一緒にやる人になるかもしれないんだから。
だったら、一度くらい往復する手間を惜しむところじゃない。
「よし。一回帰ろう」
「セルトは?」
「ずっとじゃないよ。話して戻ってくればいい」
片道二日。
往復だけでも四日はかかる。
決して近くはない。
それでも今回は、行く理由がある。
エマ。
まだ名前と手紙に書かれたことしか知らない。
どんな人なのか。
本当に俺たちと一緒に働けそうなのか。
それは、会ってみないと分からない。




