一ヶ月やったら、どうなった?
火付け道具の残り二個が売れたのは、それから三日後だった。
二個とも旅人が買っていった。
そこで同じ職人に追加を頼み、今度は少しだけ数を増やした。作ればすぐ全部なくなるほどではないけど、露店に並べておけば少しずつ売れていく。
結局、名前は決まらなかった。
俺はいくつか考えたけど、カイルに全部却下された。
「火付け道具で通じるんだから、それでいいでしょ」
「商品名って大事じゃない?」
「変な名前よりは」
それ以上は言い返せなかった。
そして、そんなことをしているうちに。
セルトへ来て、一ヶ月が過ぎた。
◇ ◇ ◇
「一回、全部計算しない?」
部屋の机に紙を広げながら、俺は言った。
セルトへ来てから、売った物も増えた。
使った金も増えた。
露店代に材料代。
職人への支払い。
宿代に食費。
一個ずつなら覚えていられても、一ヶ月分となるとさすがに怪しい。
「最初から書いてるよ」
カイルが自分の紙を出した。
「……なんで?」
「忘れるから」
「俺が?」
「二人とも」
なら仕方ない。
二人で記録を見ながら、まずは石鹸から確認する。
この一ヶ月で売れたのは、全部で32個。
そのうち18個は露店で売った。
一個5リルだから90リル。
残り14個は宿などに置いてもらって売れた分で、俺たちに入ったのは一個4リル。
こっちは56リル。
合わせて146リルだ。
「材料は?」
「一個だいたい1.4リル」
「32個で……」
少し面倒になって紙に書く。
44.8リル。
「細かいな」
「一個ずつだとね」
次は火付け道具。
最初の五個を含めて、この一ヶ月で売れたのは11個。
一個15リルだから、入ってきたのは165リル。
職人に払うのは一個9リルなので、11個で99リル。
「火付け道具だけなら66リル残ってる」
「試作品に使った分は?」
「あ」
忘れてた。
カイルが別の紙を寄せる。
試作品を作ったり、直してもらったりした分は、最初に一度だけかかっている。
これを毎月の費用として考えるのは変だけど、今月の収支には入れた方がいい。
「じゃあ、それも引く」
「うん」
こういうところを飛ばすと、儲かっているように見えて実は金が減っていた、なんてことになりかねない。
危ない。
昔の俺なら売上だけ見て喜んでいた気がする。
……今も少し喜んでいたけど。
さらに、露店を使ったのは今月五日。
一日6リルなので30リル。
カバンは一個売れたけど、これはリーネから持ってきた在庫だ。
それとは別に三個注文が入っているものの、まだダリオに頼んだだけで、完成も納品もされていない。
「これは来月でいいか」
「まだ金もらってないしね」
ノルンはゼロ。
非常に分かりやすい。
「……売れなかった物の計算って楽だな」
「嬉しくはないけどね」
商売だけを見ると、ちゃんと金は残っている。
でも、セルトへ来た目的は商売だけじゃない。
半年ここで暮らす。
なら、生活にいくら使ったのかも見ないと意味がない。
「宿代が20リル」
「食費が二人で24リルくらい」
最初は外で食べることもあったけど、途中から簡単な物は自分たちで作るようになった。
そのおかげで、思っていたよりは抑えられている。
宿代と合わせて44リル。
細かい雑費も紙から拾っていく。
必要な物を買ったり、洗濯や湯を使ったり。
一個ずつは小さいけど、一ヶ月分になるとそれなりだ。
全部を書き出してから、俺とカイルで最初から計算し直した。
「……で?」
「待って」
「合ってる?」
「今確認してる」
カイルがもう一度数字を追う。
俺も横から見る。
売上。
商品の原価。
露店代。
試作に使った金。
宿代。
食費。
その他の生活費。
まだ売れていない物や、来月以降に金が動くものは除く。
「これで合ってる」
カイルが紙の一番下を指した。
今月、セルトで商売をして。
二人で生活して。
それでも、金は残った。
「……普通に暮らせてるな」
思わず言った。
「今月はね」
「しかも赤字じゃない」
「それは大事」
リーネから持ってきた生活用の金を減らし続けながら半年過ごすことも覚悟していた。
でも今のところ、セルトで稼いだ金でセルトでの生活費まで賄えている。
もちろん、最初に買った道具や持ってきた商品まで全部含めれば、話はもう少し複雑になる。
それでも。
一ヶ月やってみて、ここで商売を続けられることは分かった。
「これが半年続いたら――」
「続くとは限らないよ」
早い。
まだ最後まで言ってない。
「火付け道具だって、欲しい旅人に一通り売ったら減るかもしれないし」
「石鹸は?」
「そっちは消耗品だから、まだ続きやすそう」
確かに。
一回買えばしばらく使える物と、なくなればまた買う物では違う。
一ヶ月の数字を、そのまま六倍するのはやめておこう。
◇ ◇ ◇
収支を確認してみると、セルトへ来たばかりの頃とは商売のやり方もかなり変わっていた。
毎日市場へ行くことはない。
石鹸や火付け道具がある程度揃った日に、東側の6リルの場所が空いていれば借りる。
石鹸は宿でも売れる。
特に旅人が泊まる宿との相性は良く、雑貨屋より明らかに動きが早かった。
火付け道具も同じだ。
町で暮らしている人より、旅人の方が興味を示す。
だから、置いてもらう場所をむやみに増やすのはやめた。
売れる場所が分かってきたなら、そこを使えばいい。
カバンにも変化があった。
見本として置いていたおかげで、今月は三個の注文が入った。
作るのはリーネのダリオだ。
一個注文が入るたびに戻るわけにはいかないので、リーネ方面へ向かう商人に注文内容を書いた紙を預けた。
完成したら、今度はセルトへ来る荷物に載せてもらう予定だ。
まだ一度もやっていない。
ちゃんと届くかも分からない。
それでも、これができれば大きい。
「カバンが来るなら、逆もできるよな」
「逆?」
「リーネから商品を送る」
俺たちが取りに行かなくても、商品だけセルトへ来られる。
前に調べた時、小さな荷物だけを送ると割高になることは分かっている。
でも、カバンだけじゃなく石鹸や他の商品も一緒に載せられるなら話は変わる。
「まだ石鹸まで送るって決めてないよ」
「分かってる。試すだけ」
「それならいいけど」
セルトへ来る前は、店を借りることも少し考えていた。
でも一ヶ月やってみて、今の俺たちには必要ないと思い始めている。
毎日売る物があるわけじゃない。
旅人向けの商品なら市場の方が客も合っている。
石鹸は宿に置いてもらえる。
カバンは注文を取ればいい。
半年後には、俺たちはここを離れる。
そのためだけに店を借りて、家具を揃えて、毎日誰かが店にいる必要はない。
「あと五ヶ月か」
「まだ結構あるね」
「なら、いる間に試せるな」
半年後になってから考えるんじゃ遅い。
今のうちに送って。
受け取って。
売って。
金を戻す。
一度、最初から最後までやってみる。
セルトへ来て一ヶ月。
何が売れるかを探すところから始めた。
今は、売れる物も、売れる場所も少しずつ分かってきた。
次は。
俺たちがここにいなくても、同じことができるのか。
残り五ヶ月で、そこまで試してみよう。




