これ、旅で使ってみません?
改良した火付け道具を誰に試してもらうか。
少し考えて、俺たちは市場へ持っていくことにした。
いきなり知らない旅人へ声をかけるより、何度か露店で話したことのある人を探した方がいい。セルトに何度も来ている人なら、数日後に返してもらう約束もしやすい。
「今日いなかったら?」
「宿の人に聞いてみる」
「名前知ってる?」
「……顔は分かる」
カイルが呆れた顔をした。
結局、その心配はいらなかった。
市場の東側を歩いていると、以前カバンを見せたことのある旅人を見つけた。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん? ああ、カバンの兄ちゃんたちか」
覚えられ方が雑だ。
俺は持ってきた試作品を取り出した。
「今度はこれ、使ってみてもらえません?」
「なんだ、それ」
蓋を外し、火打ち部分を擦ってみせる。
二回目で芯に火がついた。
「おお?」
反応は悪くない。
「火付け道具です。中に油を染み込ませてあって、これだけで火をつけられます」
「火打ち石はいらないのか?」
「これに付いてます」
旅人は受け取ると、何度か向きを変えて眺めた。
「便利そうだな」
「数日使って、どうだったか教えてほしいんです」
火を扱う物なので、蓋の外し方や消し方、油の扱いについても説明する。
特に、荷物の中で蓋が外れていないか確認すること。
油を足す時は火の近くでやらないこと。
そこは念を押した。
「分かった。三日後にはまたセルトへ戻る」
「じゃあ、その時お願いします」
試作品を渡す。
今度こそ、実際の旅でのテストだ。
◇ ◇ ◇
三日後。
旅人は約束通り戻ってきた。
市場で待ち合わせて、最初に試作品を確認する。
「壊れてないですね」
「普通に使えたぞ」
「本当ですか?」
「ああ。朝に火を起こすのが楽だった」
詳しく聞いてみる。
火打ち道具を別に出して、火花を移して、そこから火を大きくする。
その最初の手間が減るだけでも、かなり違ったらしい。
「風がある時は?」
「強いとさすがに消える。ただ、火をつけ直すのが早いから前より楽だな」
そこは仕方ない。
風そのものを防ぐ道具ではない。
「何か使いにくいところありました?」
旅人は少し考えてから、火打ち部分を指で触った。
「最初は、これをどっちに擦ればいいのか分からなかったな」
「そこ?」
「お前が使ってるところを一回見ただけだったからな」
なるほど。
俺たちには当たり前になっていたけど、初めて見る人には使い方そのものが分からない。
「あと、油を足す時だな」
「やりにくかった?」
「どこまで入れればいいのか分からん」
これもそうだ。
俺たちは作った職人から説明を受けている。
でも、買った人はそうじゃない。
「道具だけ売れば終わりじゃないね」
横で聞いていたカイルが言った。
「使い方も一緒に教えないと駄目だな」
「油の量も」
紙に書ければ簡単だけど、この世界で誰でも読めるとは限らない。
なら、売る時に実際に見せる方が早い。
「ちなみに」
俺は旅人に聞いてみた。
「これ、売ってたら欲しいです?」
「ああ」
即答だった。
「値段次第だがな」
やっぱりそこですよね。
◇ ◇ ◇
試作品を返してもらい、そのまま工房へ向かった。
旅人から聞いたことを職人に伝える。
火のつき方や蓋については大きな問題なし。
ただ、使い方と油の補充が分かりにくい。
「補充するところを分かりやすくできません?」
「今より?」
職人は底の部分を指した。
今は詰め物を少し動かして油を染み込ませる形になっている。
「ここに小さな蓋を付けるか」
「下に?」
「火をつける側と分けた方が分かりやすいだろ」
それなら、上は火をつけるところ。
下は油を足すところ。
初めて使う人にも説明しやすい。
「それでいきましょう」
「値段」
カイルが言った。
「今聞くところだった」
本当だ。
たぶん。
◇ ◇ ◇
そこからは早かった。
補充部分を直した物をもう一度作ってもらい、俺たちでも確認する。
問題なく使えた。
次に聞いたのは、一個ずつ試作品として作る場合ではなく、同じ形を何個かまとめて作る場合の値段だ。
「数が決まってりゃ、最初よりは安くできる」
職人が提示した金額を聞き、俺とカイルで相談する。
材料だけじゃない。
職人の手間もある。
それに、売った後に使う油は別で必要になる。
「最初は三個?」
カイルが言う。
「少なくない?」
「売れるか分からないでしょ」
「じゃあ五個」
「なんで増えたの」
「間を取った」
「三と何の間?」
そこは気にしなくていい。
結局、最初は五個だけ作ってもらうことにした。
販売価格も決める。
安くしすぎれば、作ってもらう意味がない。
高すぎれば、今までの火打ち道具でいいと言われる。
旅人が便利だと思っても、金を払ってくれるかは別の話だ。
「これで売れなかったら?」
工房を出たところで、カイルが聞いた。
「五個で終わり」
「売れたら?」
「もう少し作る」
それだけだ。
最初から何十個も作る必要はない。
五個売れたら、その時に次を考えればいい。
数日後。
完成した五個の火付け道具が、机の上に並んだ。
無骨な金属の小さな容器。
まだ名前すらない。
でも、試作品ではなくなった。
あとはこれを露店に並べて。
本当に金を払って買ってくれる人がいるか。
それを確かめるだけだ。




