これ、作れるんじゃない?
ここ数週間、旅人に話を聞いていると、何度か同じ不満を耳にした。
最初に聞いた時は、特に気にしていなかった。
二回目も、旅ならそういうこともあるよなと思った。
でも三回、四回と続けば話は別だ。
「火?」
朝、俺が話を切り出すと、カイルが聞き返した。
「そう。火をつけるのが面倒って話」
「それは面倒でしょ」
この世界にも、もちろん火を起こすための道具はある。
火打ち石と金属を使って火花を飛ばし、燃えやすい物に火を移す。
町の中なら火を分けてもらえることも多いけど、旅の途中ではそうはいかない。
「それで、何作るの?」
「まだ分からない」
「昨日、気になってる物があるって言ってなかった?」
「だから、まず見に行く」
俺たちは市場へ向かった。
◇ ◇ ◇
探してみると、火を起こすための道具自体は珍しくなかった。
火打ち石。
火花を出すための金属。
火を移すための燃えやすい物。
旅人向けに、それらをまとめて売っている店もある。
「普通にあるね」
「あるな」
別に誰も火を起こせないわけじゃない。
ただ、便利とは言いにくい。
店の人に頼んで実際に見せてもらうと、慣れた手つきですぐに火花を飛ばした。
そこから燃えやすい物へ火を移し、少しずつ火を大きくしていく。
「慣れれば早いんですか?」
「まあな。風が強かったり、湿ってたりすると面倒だが」
「旅してる人も、みんなこれ?」
「大体はな」
店を離れてから、俺はさっきの道具を思い返した。
「もっと簡単にならないかな」
「どうやって?」
「一個の道具だけで火がつくとか」
「そんなの作れるの?」
「……あ」
そこで、前世の記憶が繋がった。
ライター。
もっと言えば、昔からある金属製のオイルライターだ。
手のひらに収まる金属のケース。
蓋を開けて、横にある小さなギザギザの車輪を回す。
火花が飛んで、芯に火がつく。
「あるじゃん」
「何が?」
「火をつける道具」
「今見てきたでしょ」
「そうじゃなくて」
俺は立ち止まった。
前世では当たり前すぎて、仕組みなんて考えたこともなかった。
でも、なんとなくなら覚えている。
中には燃える液体を染み込ませておく部分があって、そこから芯が出ている。
あとは、火花を飛ばして芯に火をつける。
「……これ、この世界でも作れるんじゃない?」
「何を?」
「持ち歩ける、小さい火付け道具」
カイルが首を傾げた。
「今のも持ち歩けるけど」
「もっと簡単なやつ。こう、手のひらくらいの金属の箱に全部入れる」
俺は手で大きさを作ってみせる。
「中に燃える油を入れて、ここから芯を出す」
「油に直接火をつけるの?」
「直接っていうか……芯に染み込ませる」
説明しながら、自分でも少しずつ思い出してきた。
完全な構造は分からない。
中身がどうなっていたのかも、細かいところまでは知らない。
でも、必要な物は意外と少ない気がする。
燃える物。
芯。
火花を出す部分。
それを一つにまとめる入れ物。
「火花は?」
「それなんだよ」
さっき見た火打ち石を思い出す。
火花を出す方法は、すでにこの世界にある。
だったら、それを小さくして一緒に付けられないか。
前世のライターみたいな車輪が作れるかは分からない。
でも、同じ形にする必要もない。
「とりあえず職人に聞いてみたい」
「誰に?」
「金属を加工できる人」
「また探すの?」
「セルトならいるだろ」
ノルンでは、俺が思いついただけでは何もできなかった。
職人に話して、作って、失敗して、直して。
そうやってようやく形になった。
今回も同じでいい。
むしろ、最初から完成形を知っているつもりになる方が危ない。
◇ ◇ ◇
市場を歩きながら、必要そうな物を見て回る。
燃える油自体はある。
灯りに使う物も売られているし、種類も一つではない。
ただ、持ち歩くとなると話は別だ。
「漏れたら最悪だな」
「荷物の中で?」
「うん」
服や食べ物と一緒に入れて、油まみれ。
しかも火をつけるための物だ。
便利になるどころか、危ない。
「じゃあ、蓋がちゃんと閉まらないと駄目だね」
「あと、勝手に火がつかないようにしないと」
「それは絶対」
カイルの返事が早かった。
その辺は俺も同意する。
火を扱う物なんだから、売れればいいでは済まない。
「まず一個だな」
「一個?」
「試作品。一個作って、本当に使えるか試す」
「いきなり何個も作るって言わなくなったね」
「俺だって成長するんだよ」
「どうだろ」
ひどい。
でも今回は、最初から大量に作る気はない。
そもそも作れるかすら分からない。
ただ。
小さくて。
旅に持っていきやすくて。
火を起こす手間を減らせる。
もし本当に作れたら、セルトの旅人にはかなり相性がいい気がする。
「金属加工の店、探すか」
「先に話だけね」
「分かってるって」
市場へ来た時には、何を作るかも決まっていなかった。
今はまだ、頭の中にぼんやりと形があるだけだ。
それでも久しぶりだった。
前世では当たり前だった物を思い出して。
この世界にある物を見て。
これなら作れるんじゃないかと考える。
こういうのを探しに、セルトまで来たんだ。




