今度は、俺が見て回る
翌日。
今日は昨日と役割を入れ替えることにした。
俺が市場を見て回り、カイルが石鹸を置いてくれそうな店を探す。
「石鹸、何個持ってく?」
「とりあえず三個」
「少なくない?」
「置いてくれる店が決まってから増やせばいいでしょ」
「それもそうか」
売り込みに行くからといって、十個も抱えて歩く必要はない。
話が決まれば、あとで持っていけばいい。
「取り分は1リルまでな」
「分かってる」
「それ以上って言われたら?」
「一回戻って相談」
昨日決めたばかりのルールだ。
これならカイルも、その場である程度までは話を進められる。
「じゃあ昼過ぎに戻ろう」
「うん」
部屋を出たところで、今日は俺が市場へ向かい、カイルは別の通りへ歩いていった。
◇ ◇ ◇
市場を歩く。
最初にセルトへ来た時も一通り見たし、カイルから昨日の話も聞いている。
それでも、見る目的が変わると目に入る物も変わった。
最初は単純に、リーネにはない物を探していた。
今は違う。
何が売れているのか。
誰が買っているのか。
それを、できるだけ見る。
「三つで2リル!」
大きな声が聞こえた。
見ると、小さな布袋をまとめて売っている。
少し先には似たような物を一つ1リルで売っている店もあった。
カイルが言っていた通り、同じような物でも場所や店で値段が違う。
ただ、安い方へ行けばいいという話でもなさそうだった。
三つで2リルの店は市場の端に近い。
一つ1リルの店は人通りの多い場所にある。
「場所代も違うのかな」
それもあとで聞いてみたい。
俺たちが借りているのは市場の端で、一日4リル。
中央に近ければ、もっと高い可能性もある。
そのまま歩いていると、旅人向けの道具を並べた店が見えてきた。
水入れ。
紐。
小さな鍋。
雨除けに使う布。
どれも旅で使う物だ。
昨日、カイルから聞いた通り、小さくて持ち運びやすい物が多い。
その中で一人の客が、小さな袋を手に取っていた。
腰に紐で付ける物らしい。
「これ、もう少し大きいのない?」
「大きいのなら向こうだよ」
店主が指した先には、普通の袋が置いてある。
客はそちらを見たあと、首を振った。
「それだと持つことになるだろ」
「ああ、腰に付けたいのか」
「そう」
結局、客は最初の小さな袋を買っていった。
俺は少し離れたところから、それを見ていた。
腰に付けられる。
手で持たなくていい。
でも、小さい。
「……ん?」
どこかで似たような話を聞いた気がする。
昨日だ。
カバンを貸した旅人が、水や小物をすぐ取り出せる場所が欲しいと言っていた。
背中のカバン。
腰の袋。
どちらも、手を空けたまま物を持ちたいという話だ。
「これ、カバンに付けたら……」
横に小さな袋を付ける。
よく使う物だけ、そこへ入れる。
それならカバンを下ろさなくても取れるかもしれない。
昨日も似たことは考えたけど、実際に腰袋を使っている人を見ると形が少し見えてきた。
とはいえ、今ここで作るわけにはいかない。
カバンを作っているのはダリオだ。
「覚えとこう」
俺は紙に簡単に書いておいた。
セルトにいる間に、もう少し似た物も見ておこう。
そのまま市場を回る。
道具を見る。
食べ物を見る。
客を見る。
そうしていると、売れている物が全部「商品」に見えてくる。
前だったら、珍しい物を見つければ欲しくなっていた。
今は、それより先に別のことを考える。
どうして売れてるんだろう。
誰が買うんだろう。
もっと使いやすくできないだろうか。
「……いや」
俺は足を止めた。
今、普通にいいこと考えてなかった?
ちょっと商売人っぽい。
そんなことを考えながら歩いていると、別の店で気になる物を見つけた。
折り畳んだ厚い布だ。
広げると、人が一人寝られるくらいの大きさになるらしい。
「これ、何に使うんですか?」
「旅の時に敷くんだよ。地面にそのまま寝るよりましだからな」
「いくらです?」
値段を聞いて、少し迷う。
別に必要ではない。
でも半年もセルトにいる。
この先、町の外へ行くことがあるかもしれない。
いや、今は部屋がある。
「……見るだけ」
危ない。
市場調査に来て、自分が客になってどうする。
俺は布を戻し、また歩き始めた。
◇ ◇ ◇
昼を少し過ぎた頃、部屋へ戻る。
カイルはまだ帰っていなかった。
俺は市場で書いた紙を机に置き、しばらく待つ。
少しすると扉が開いた。
「ただいま」
「おかえり。どうだった?」
カイルが持っていた袋を机に置く。
「二軒断られた」
「いきなりそれ?」
「聞いたから答えたんだけど」
一軒目は、そもそも石鹸を置くつもりがないと言われたらしい。
二軒目は似たような物をすでに扱っていて、断られた。
「でも、もう一軒は置いてくれるって」
「お、やったじゃん」
「雑貨を置いてる店。最初は一個売れたら2リル欲しいって言われた」
「2リル?」
それだと俺たちの取り分は3リル。
材料費を引けば利益は残るけど、昨日決めた範囲を超えている。
「断った?」
「勝手には決められないって言った」
ちゃんと昨日のルールを使っている。
「そしたら?」
「じゃあ1リルならどうだって」
「下がったの?」
「三個だけ試すならって」
それなら宿と同じ条件だ。
5リルで売り、店に1リル。
「決めてきた?」
「うん。1リルまでならいいんでしょ?」
「もちろん」
昨日決めた意味が、もう出た。
カイルは俺に聞きに戻らなくても、一軒との話を最後まで進められた。
「じゃあ、石鹸三個?」
「置いてきた」
宿に三個。
雑貨屋にも三個。
俺たちが市場に立っていない間にも、石鹸を売ってくれる場所が二つできたことになる。
「いいじゃん」
「そっちは?」
「俺も結構あった」
市場で見た物を順番に話す。
場所による値段の違い。
旅人向けの商品。
腰に付ける小さな袋。
それをカバンに使えないかと思ったこと。
カイルは紙を見ながら聞いていた。
「それ、ダリオに見せる?」
「リーネに戻ったらな。その前に、こっちでもう少し見てみたい」
「いいと思う」
「あと、旅用の敷く布があった」
「買ったの?」
「買ってない」
カイルが少し驚いた顔をする。
「何?」
「いや」
「何だよ」
「ちゃんと市場調査してきたんだなと思って」
失礼な。
俺だって見るだけならできる。
今日は。
宿と雑貨屋。
これで石鹸を置いてくれる場所は二つになった。
市場では、カバンを改良するヒントも見つかった。
別々に動いても、ちゃんと話を進められる。
昨日決めたやり方は、思ったより使えそうだった。




