二人で決めるの、どこまで?
昼過ぎに部屋へ戻ると、カイルはもう帰っていた。
机の上には紙が置かれていて、いくつか数字や品物の名前が書かれている。市場を見て回った結果らしい。
「そっちどうだった?」
「結構よかった。まず、カバン貸してた人が帰ってきてた」
「もう?」
「昨日戻ったらしい。十日くらい使ってもらったけど、壊れたりはしてなかった」
俺はカバンを机の横へ置き、旅人から聞いた話を説明した。
両手が空くのは便利で、普通の袋より長く持ちやすい。ただ、水やよく使う小物を取り出すたびにカバンを下ろすのが面倒だったらしい。
「横に何か付ける?」
「俺もそう思った。でも勝手に決めるより、リーネ戻った時にダリオに話してみようかなって」
「その方がいいかもね」
それに、もう一つ話がある。
「もう一個のカバン、売れるかもしれない」
「貸してた人に?」
「うん。25リルって言ったらちょっと考えてたけど、見せてほしいって」
「いつまでいるの?」
「明日の朝には出るって」
「じゃあ、あとで持っていけばいいね」
確かに。
明日の朝まで待つ必要はない。
「あと、石鹸も置いてもらえることになった」
「宿に?」
「三個だけ。5リルで売って、一個売れたら宿に1リル」
カイルが少し考える。
材料費は一個約1.4リル。
宿に1リル渡しても、俺たちには2.6リル残る。
「それならいいと思う」
「よかった。決めてから、勝手に決めてよかったかなって思ったんだよ」
二人の商売なのに、俺一人で条件を決めてきた。
今回は小さな話だし、条件も悪くない。
でも、これから別々に動くなら同じことは何度も起こる。
「毎回戻って相談する?」
「それだと別々に動く意味なくない?」
「だよな」
俺が一軒話すたびにカイルを探しに戻る。
カイルが何か見つけるたびに俺を探す。
それでは二人で動いているのに、できることが増えない。
「先に決めておけば?」
「何を?」
「どこまでなら、一人で決めていいか」
カイルが机の上の紙を端へ寄せる。
「石鹸なら、相手の取り分が1リルまでならその場で決めていい。それより欲しいって言われたら、一回持ち帰って相談するとか」
「ああ、それいいな」
5リルで売る石鹸なら、1リル渡しても利益は残る。
それ以上になると、条件を考え直した方がいい。
「じゃあ1リルなら決めていい?」
「うん」
「半リルなら?」
「もちろん」
「無料で置いてくれるって言われたら?」
「それは聞かなくても分かるでしょ」
「確認しただけだよ」
「そこまで決めないと駄目?」
たぶん駄目じゃない。
ただ、一度決めておけば次から迷わない。
「でも、カバンとか他の商品も1リルまで?」
「それは別でしょ」
「だよな」
値段も利益も違う。
全部を同じ条件にはできない。
とりあえず今は、石鹸だけ。
店や宿に置いてもらう時は、一個につき1リルまでならどちらか一人で決めていい。それ以上を求められたら、二人で考える。
「これなら別々に動きやすいな」
「勝手に変な条件で決めてこないでね」
「しないって」
「本当に?」
「……たぶん」
カイルがこっちを見る。
冗談だよ。
たぶん。
「それで、そっちは?」
俺は机の上の紙を見る。
「市場、何かあった?」
「いくつか」
カイルが紙を俺の方へ向けた。
「前に見た時より、売れてる物をちゃんと見てきた」
書かれていたのは、食べ物や日用品、それから旅に使う道具。
店の数と、大体の値段まで書いてある。
「細かいな」
「全部じゃないよ。気になったところだけ」
「何か足りない物あった?」
「それが、簡単じゃない」
カイルが一つの名前を指さす。
「売れてる物は、だいたいもう誰かが売ってる」
「まあ、そりゃそうか」
人が多くて、商人も多い町だ。
売れる物を誰も扱っていないなんて、そんな都合のいい話はない。
「でも、同じ物でも値段が結構違う」
「店によって?」
「うん。それと、場所でも」
市場の中央に近い店は少し高い。
端の方や、少し離れた通りでは安く売っている物もあるらしい。
同じような品物でも、旅人向けの店と町の人向けの店では値段が違う物もあった。
「じゃあ、安いところで買って高いところで――」
「同じ町の中で?」
「……駄目?」
「買った人が少し歩けば安い店に行けるよ」
それもそうだ。
ラグナとリーネみたいに町が違うならともかく、同じセルトの中だ。
わざわざ俺たちを間に挟む意味がない。
「ただ、値段だけじゃなくて品物も少し違った」
「どういうこと?」
「旅人向けのところは、軽い物とか小さい物が多い。町の人が買う店は、同じ種類でも大きい物があったりする」
なるほど。
同じ町でも、誰に売るかで置いている物が違う。
それなら、まだ見るところはありそうだ。
「次は俺が市場回ってみようかな」
「じゃあ俺が売り込み?」
「交代って言っただろ」
カイルが少し考えてから頷いた。
「分かった。どこに行けばいい?」
「それを決めるところからじゃない?」
宿以外にも、石鹸を置けそうな場所はあるはずだ。
そこも二人で考えればいい。
「じゃあ、その前にカバン持っていくか」
「今から?」
「明日の朝には出るんだし。待つ必要ないだろ」
「俺も行くよ」
俺はまだ使っていない方のカバンを取り出した。
せっかくなので、カイルも一緒に宿へ向かうことになった。
◇ ◇ ◇
宿へ戻ると、旅人はまだ一階にいた。
「持ってきました」
俺がカバンを見せると、男はすぐに立ち上がった。
貸していた物と同じ形だけど、こっちはまだ旅で使っていない。
男は受け取ると、縫い目や底を確認してから背負った。
「これだな」
「同じ物です」
「さっきのは返したんだよな?」
「はい。あっちは見本として残しておこうかなと思ってます」
実際に十日間使っても壊れなかった。
次に誰かへ説明する時も、使った物を見せられる。
男はしばらく背負ったまま動いてから、カバンを下ろした。
「25リルだったな?」
「はい」
「じゃあ、これをもらう」
「ありがとうございます」
売れた。
持ってきた二個のうち、一個は旅で試してもらうために使い、もう一個はその結果を見た本人が買ってくれた。
ただ並べて待っていた時には売れなかったカバンが、十日間貸したことで25リルになった。
「やっぱり、使ってもらうのって大事だな」
俺が金を受け取りながら言うと、男が笑う。
「知らない物に25リル出すのは迷うからな」
「ですよね」
「でも十日使って壊れなかったし、便利だった。次の旅でも使えるなら悪くない」
その言葉は覚えておこう。
水や小物を取り出しにくいという不満もあった。
それでも買いたいと思えるくらいには役に立ったらしい。
宿を出てから、カイルが俺を見る。
「一個売れたね」
「25リル」
「嬉しそう」
「そりゃ嬉しいだろ」
石鹸六個を一日かけて売って30リル。
カバンは一個で25リル。
もちろん作る金も違うから、売上だけ比べても仕方ない。
それでも、今まで売れなかった物が売れたのは大きい。
「貸した方は、また誰かに試してもらう?」
「それもありだな。でも先に、聞いたことをダリルに伝えたい」
水や小物を取り出しやすくする。
それだけで、もっと使いやすくなるかもしれない。
セルトへ来てから、石鹸もカバンも少しずつ動き始めている。
市場に店を出すだけじゃない。
作る。
貸す。
店に置いてもらう。
直接売り込む。
やれることは、思っていたより多そうだった。




