店に置いてもらえません?
今日は市場に店を出さない。
昨日は石鹸が六個売れたし、毎日4リル払って場所を借りるより、何日か分をまとめて売った方がいいことも分かった。
だから今日は、昨日話した通り別々に動くことにした。
「じゃあ、俺は市場の方見てくる」
「頼む。俺は店に売り込みしてみる」
「どこから行くの?」
聞かれて、少し考える。
石鹸を置いてくれそうな店。
雑貨を扱っている店でもいいけど、最初から知らない店に飛び込むより、話したことがある相手の方がやりやすい。
そこで一つ思い出した。
「そういえば、カバン貸してから今日で十日くらいじゃない?」
「ああ、もうそんな経つ?」
「たぶん。だから、あの宿から行ってみる」
旅人にカバンを貸した時に使った宿だ。
そろそろ戻ってくる予定だし、宿なら旅人も多い。石鹸を置いてもらえるか聞く相手としても悪くない。
「じゃあ昼過ぎに一回戻る?」
「そうしよう。何か見つけたら教えて」
「そっちもね」
宿を出たところで、俺たちは別れた。
カイルは市場へ。
俺は石鹸をいくつか持って、カバンを貸した旅人が使っていた宿へ向かった。
◇ ◇ ◇
宿へ着くと、前に話した主人が受付にいた。
「こんにちは」
「おう。兄ちゃんか」
覚えていてくれたらしい。
「この前、カバン貸した人って戻ってきてます?」
「ああ、昨日戻ってきたぞ」
「本当ですか?」
ちょうどいい。
今日来て正解だった。
「まだ泊まってる。呼ぶか?」
「お願いします」
主人が奥へ声をかける。
しばらくすると、見覚えのある男が降りてきた。
そして、その背中には貸したカバンがある。
「お、来たか」
「戻ってたんですね」
「昨日な。これ、なかなかよかったぞ」
男はカバンを下ろし、俺に渡した。
十日近く旅で使っただけあって、貸した時より少し汚れている。
でも、縫い目が切れたり、底が破れたりはしていない。
「壊れませんでした?」
「それは大丈夫だった。荷物も結構入れたけどな」
「背負ってて痛くなったりは?」
「最初に言った通り、肩は多少疲れる。でも片方だけで持つ袋よりはずっと楽だった」
そこは問題なさそうだ。
「他に使いにくかったところあります?」
「そうだな……」
男は少し考えてから、カバンの横を叩いた。
「水を飲む時だな」
「ああ、やっぱり」
途中でも言っていたところだ。
「いちいち下ろして、中から出して、また背負うだろ。何回もやると面倒だ」
「他には?」
「すぐ使う物も同じだな。金とかは別に持つとしても、布とか、小さい物をちょっと入れられるところが外にあると楽かもしれん」
なるほど。
中に全部入ることと、使いやすいことは別らしい。
「横に小さい袋みたいなのがあればいいのかな」
「水入れが落ちなきゃ、それでもいいんじゃないか?」
形はダリオと相談した方がよさそうだ。
俺が勝手に付け方まで決めるより、実際に作る人にこの話を持って帰った方がいい。
「分かりました。ありがとうございます」
「いや、こっちも助かったよ」
男がカバンを返そうとして、一度手を止めた。
「これ、売ってるんだよな?」
「売ってますよ」
「いくらだ?」
「25リルです」
「25か……」
少し考えている。
高い。
安い。
どっちだ?
「同じの、もう一個あるか?」
「あります」
セルトへ持ってきた二個のうち、もう一個はまだ売っていない。
「新品?」
「そっちはまだ使ってません」
「じゃあ、あとで見せてくれ。買うかもしれん」
「本当ですか?」
思わず声が少し大きくなった。
十日間使ってもらっただけでも十分だったのに、売れる可能性まで出てきた。
やっぱり、実際に使ってもらうのは大事だな。
「今日、持ってきてないんで、あとで持ってきます」
「明日の朝には出るから、それまでにな」
「分かりました」
これでカバンの用事は終わった。
――いや。
今日はもう一つある。
俺は持ってきた石鹸を取り出した。
「それと、ちょっと相談があるんですけど」
宿の主人がこちらを見る。
「今度は何だ?」
「これ、ここに置いてもらえません?」
「石鹸か?」
「はい」
主人が一つ手に取る。
「市場で売ってるやつだろ?」
「知ってるんですか?」
「見たことはある」
なら話は早い。
俺は一個5リルで売っていることと、自分たちが毎日市場に出るわけではないことを説明した。
「ここに泊まる旅人に売れないかなと思って」
「置くだけなら構わんが、俺が売るならこっちにも取り分は欲しいぞ」
「もちろんです」
そこは分かっている。
市場なら一個売るごとに5リル全部入る代わりに、一日4リルの場所代がかかる。
宿に置いてもらうなら場所代はかからないけど、その代わり宿にも利益が必要だ。
「いくらなら置いてくれます?」
「そうだな……」
主人が石鹸を見ながら考える。
「一個売って、1リルくらいは欲しいな」
ということは、俺たちから4リルで渡して、宿が5リルで売る。
材料費は一個約1.4リル。
それなら俺たちにも利益は残る。
市場で直接売るより一個あたりの儲けは減るけど、俺たちが一日ここに立っている必要もない。
「最初は少しだけでもいいですか?」
「何個だ?」
「三個とか」
「それなら置いてみてもいいぞ」
「お願いします」
売れなければ、次は持ってこなければいい。
売れれば、その時また考えればいい。
いきなり大量に置く必要はない。
宿を出た時、俺の手元には貸していたカバンが戻っていた。
それと、明日までにもう一つのカバンを見せに来る約束。
さらに、石鹸を三個置いてもらえる話まで決まった。
市場に店を出していないのに、商売の話は進んでいる。
さて。
カイルの方は、何を見つけてくるだろう。




