最初に売れたのは?
市場に商品を並べてから、しばらく経った。
何人かはこっちを見ていく。石鹸を見て、カバンを見て、また石鹸に目を戻す人もいた。
でも、買わない。
「見る人はいるんだけどな」
「何を売ってるのか分かってないんじゃない?」
カイルに言われて、俺も売り場を見る。
確かに。
石鹸はただ並べてあるだけだし、知らない人からすれば、四角く固めた何かにしか見えない。リーネではもう説明しなくても売れるようになっていたから、すっかり忘れていた。
「最初の頃って、どうやって売ってたっけ」
「俺に聞かれても知らないよ」
「そうだった」
カイルと知り合った頃には、石鹸はとっくに売れていた。
俺が一個手に取って眺めていると、ちょうど一人の女性が足を止めた。
年は母さんより少し上くらいだろうか。手に籠を持っていて、並べてある石鹸を不思議そうに見ている。
「これは何?」
来た。
「石鹸です。手や体を洗う時に使う物です」
「洗う?」
「水で濡らして、こう……」
実際に使って見せられれば早いんだけど、ここには水がない。
俺が身振りを交えながら説明すると、女性は石鹸を一つ手に取った。
「これで汚れが落ちるの?」
「はい。毎日使えます」
「へえ……」
反応は悪くない。
値段を伝えると、女性は少し考えてから石鹸を元の場所に戻した。
「また考えるわ」
「はい、ありがとうございます」
女性が去っていく。
俺はその背中を見送ってから、カイルを見た。
「……売れなかった」
「でも、足は止まったね」
「説明も聞いてくれた」
さっきまでとは違う。
何なのか分からないから通り過ぎていただけで、興味を持つ人はいるらしい。
それからは、通りかかった人に少しずつ声をかけてみた。
全員を呼び止めるようなことはしない。石鹸やカバンを見た人に、何の商品なのか簡単に説明する。
すると、足を止める人は明らかに増えた。
「この鞄、背負うのか?」
今度は男の人がカバンを手に取った。
「はい。両肩で背負えるようになってます」
「普通の袋と違うな」
実際に背負ってもらうと、男の人は肩紐を触りながら何度か体を動かした。
「荷物が多い時は楽そうだな」
「長く歩くなら、特に楽だと思います」
これはいけるかもしれない。
そう思ったけど、値段を聞いた男の人は少し悩んで、結局買わずに帰っていった。
「惜しかったな」
「でも、カバンも興味は持ってもらえるね」
売れない。
でも、何も分からなかった朝よりは少しだけ前に進んでいる。
昼を過ぎた頃には、石鹸について聞かれた回数の方が多いことにも気づいた。
カバンは目立つけど、値段を聞いて終わる人が多い。一方で石鹸は安い分、使い方さえ伝われば試してみようかと迷う人がいる。
そして午後。
「これ、一つもらおうかな」
そう言ったのは、昼前にも石鹸を見に来ていた女性だった。
「あ、さっきの」
「買い物しながら考えてたのよ。そんなに便利なら、一度使ってみようと思って」
俺は石鹸を一つ渡し、代金を受け取る。
たった一個。
リーネなら、ハンスさんの店でいつの間にか売れている数だ。
それなのに。
「……売れたな」
「売れたね」
なんだろう。
すごく嬉しい。
自分で作って、自分で売っていた頃を少し思い出す。
今では誰かが作って、誰かが売ってくれる商品も増えた。でも、知らない町に持ってきて、一から説明して、目の前で買ってもらう。
これはこれで面白い。
「よし。次だ」
「急に元気になったね」
「一個売れたんだから、二個目も売れるだろ」
「そういうところは変わらないなあ」
結局、その日は石鹸がもう一個売れた。
カバンは売れず、ノルンの道具について聞いてくる人もいなかった。
大成功とは言えない。
でも、ゼロでもない。
片付けながら、俺とカイルは今日のことを話した。
「石鹸は説明すれば売れる」
「カバンは興味を持つ人はいるけど、すぐ買うには高いのかも」
「ノルンの道具は……」
「誰も紙を見てなかったね」
「そこは明日考えよう」
売れた数だけを見るなら、二個。
でも今日分かったことは、それより多い。
知らない町では、商品を持ってくるだけじゃ駄目だ。
どう見せるか。
どう説明するか。
そして、誰に売るか。
半年ある。
焦る必要はない。
まずはセルトで、俺たちの商品を知ってもらうところからだ。




