まずは、場所を借りよう
翌朝。
俺とカイルは朝飯を済ませると、そのまま市場へ向かった。昨日は部屋を決めるだけでほとんど一日を使ってしまったけど、今日からはいよいよ商売の方を始める。
「まずは場所だな」
「うん。いきなり店を借りるつもりはないんでしょ?」
「さすがにね」
半年いるとはいっても、この町で俺たちの商品が売れるかどうかはまだ分からない。
ベルクさんにも言われた通り、まずは市場で試してみる。その結果を見てから、店を借りるかどうか考えればいい。
市場に着くと、朝からかなりの人が行き交っていた。
野菜や肉、布、食器、道具。店によって扱っている物は違うけど、どこもそれなりに商品が並んでいる。前に見て回った時も思ったけど、やっぱりリーネの市場よりずっと大きい。
「場所って、どこでも同じ値段なのかな」
「人が多いところは高いんじゃない?」
「だよなあ」
二人で市場を歩きながら、空いている区画を見ていく。
中央に近いところは人通りも多いけど、ほとんど埋まっていた。少し外れると空きが増えて、そのまま端の方まで行くと、ようやく俺たちでも使えそうな小さな区画が見つかった。
「ここなら広さは足りそうだな」
「石鹸とカバンだけならね」
問題は値段だ。
市場を管理している人に聞いてみると、やっぱり場所によって料金が違った。中央に近いほど高く、端に行くほど安くなるらしい。
それに、一日単位でも借りられるという。
「じゃあ、とりあえず一日で」
俺がそう言うと、隣でカイルも頷いた。
「何日も先に払って、全然駄目でしたってなるよりいいね」
「そういうこと」
こういうところは、ちゃんと慎重になった。
たぶん。
料金は二人の商売用の金から払う。個人の金と分けてあるおかげで、こういう時にどこから出すか迷わなくて済む。
場所を確保した俺たちは、持ってきた商品を並べ始めた。
石鹸が十個。
カバンが二個。
それから、ノルンで作った木を切る道具について説明するための紙。
実物を持ってくるには大きすぎるから、興味を持つ人がいれば説明して、注文につなげるつもりだ。
一通り並べ終えて、俺は少し離れたところから自分たちの売り場を眺めた。
「……なんか寂しくない?」
「うん」
カイルの返事が早い。
周りの店には、商品がずらっと並んでいる。それに比べてこっちは、石鹸とカバンと紙だけだ。
石鹸の間隔を少し広げてみる。
「これならどう?」
「数は増えてないよ」
「見え方の問題だよ」
「余計に少なく見える気もするけど」
そう言われると、そんな気もしてきた。
今度はカイルがカバンの位置を変える。二個のうち一個は売ってもいいけど、もう一個は見本として残して注文を受ける予定だ。
しばらく二人で並べ直してから、俺は改めて売り場を見た。
石鹸。
カバン。
木を切る道具の説明。
「……これ、何屋なんだ?」
「それは俺も思ってた」
商品に統一感がない。
でも、そもそも俺たちは石鹸屋でもカバン屋でもない。売れそうな物を持ってきて、セルトで何が通用するのか確かめに来たんだから、今はこれでいい。
たぶん。
準備を終える頃には、市場を歩く人もさらに増えていた。
これだけ人がいれば、一人くらいすぐ足を止めるだろう。
そう思って待ってみる。
一人通る。
次の人も通る。
ちらっと石鹸を見た人がいたけど、そのまま行ってしまった。
さらに何人か通り過ぎる。
「……売れないな」
「まだ始めたばっかりだよ」
「分かってるけどさ」
リーネなら石鹸を知っている人も増えたし、ハンスさんの店に置いておけば売れていく。
でも、ここでは違う。
俺たちのことを知っている人はいないし、石鹸を見ても何なのか分からない人だっている。
カバンだって同じだ。
商品を置けば勝手に売れると思っていたわけじゃないけど、知らない町で売るっていうのは、思っていたより最初の一歩が大きいらしい。
「なあ、カイル」
「何?」
「今日は売るだけじゃなくて、ちゃんと周りも見よう」
カイルが市場を見渡した。
「何が売れてるか?」
「それも。どんな人が来て、どこで足を止めて、何を買ってるのか」
半年もいるんだ。
今日一日で全部売る必要なんてない。
むしろ、何が売れるのか分からないまま商品を増やす方が怖い。
「じゃあ、交代で見て回る?」
「それがいいな」
売り場に一人残して、もう一人が市場を見る。
それなら商売をしながら、この町のことも調べられる。
ようやく場所を借りて、商品を並べた。
セルトでの商売は、今日から始まる。
さて。
最初に売れるのは、何だろう。




