今日から、セルトで暮らします
朝早く、俺とカイルはリーネを出た。
父さんと母さん、それにハンスたちにも見送られ、ハンスが紹介してくれた商人の馬車に乗り込む。前にも通った道なので、今回は景色を眺めるより、セルトに着いてからの話をしている時間の方が長かった。
二日ほどかけて、再びセルトへ辿り着く。
「着いたな」
「うん」
前に来たときと同じ町なのに、門をくぐったときの感覚は少し違った。
あのときは二週間の下見。
今回は、ここで半年暮らす。
「とりあえず宿?」
「今日はね。でも先に荷物置きたい」
「じゃあ前に泊まったところ行くか」
半年暮らすと言っても、今日からいきなり部屋があるわけじゃない。
まずは数日分の宿を取って、その間に住む場所を決める。
商売より先に、家探しだ。
◇ ◇ ◇
前にも使った宿へ荷物を置くと、俺たちはすぐ町へ出た。
下見のときに、安く借りられる部屋がある辺りも確認している。中心の大通りから少し外れれば、値段はかなり下がる。
「一ヶ月12リルくらいだったよな」
「安いところならね」
「二人で24リル」
「別々に借りるなら」
カイルが言う。
「一緒なら安くなるかな?」
「男二人で半年同じ部屋?」
「嫌?」
「嫌っていうか……狭くない?」
「寝るだけならよくない?」
「荷物もあるよ」
「ああ」
自分たちの荷物だけじゃない。
石鹸や鞄も置く必要があるし、これからセルトで商品を仕入れるなら、さらに増える可能性もある。
「広い部屋を二人で借りる?」
「値段次第かな」
「じゃあ両方見るか」
こういうときは、先に決めつけない方がいい。
安い一人部屋を二つ借りるのか。
少し広い部屋を二人で使うのか。
実際に見てから決めればいい。
◇ ◇ ◇
一軒目は、前に聞いていた通り一ヶ月12リルだった。
部屋は狭い。
寝台と小さな机、それだけでかなり埋まる。
「商品置けないな」
「置けても鞄二個くらいだね」
「これを二部屋か……」
暮らせないことはない。
でも半年となると、少し窮屈そうだ。
二軒目は一ヶ月14リル。
ほんの少し広い程度で、あまり変わらない。
「二人で一部屋は?」
「無理」
「だよね」
三軒目は、大通りからさらに離れた場所にあった。
一階には別の家族が住んでいて、外側の階段から二階へ上がる。案内された部屋には寝台が二つあり、小さいながらも机と棚、それから荷物を置けそうな空間があった。
「ここ、二人で借りられるんですか?」
「ああ。二人なら一ヶ月20リルだよ」
「20?」
思わずカイルを見る。
別々に12リルの部屋を借りれば24リル。
こっちなら二人で20リル。
「安い」
「中心から少し遠いからね。その代わり、静かだよ」
市場までは歩く必要がある。
でも毎日通えない距離ではない。
「半年借りるなら?」
「途中で出るなら、その月まででいい。先に全部払う必要もないよ」
それもありがたい。
半年いる予定でも、商売が駄目なら途中で帰る可能性はある。
父さんやオルドに言われたことを考えるなら、最初から半年分を払ってしまうのは避けたい。
「どうする?」
俺が聞くと、カイルは部屋を一周見た。
「ここでいいんじゃない?」
「俺もそう思う」
決まるときは早かった。
◇ ◇ ◇
最初の一ヶ月分を払い、宿へ荷物を取りに戻った。
その日の夕方には、俺たちはセルトで暮らす部屋を手に入れていた。
「どっちの寝台にする?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあ窓側」
「早いな」
「どっちでもいいって言ったじゃん」
「言ったけど」
俺は窓側の寝台へ荷物を置く。
反対側ではカイルが自分の荷物を整理し始めていた。
商品は棚の近くへ。
生活用品はそれぞれの寝台のそばへ。
商売用の金と自分の生活費は、ここでも混ざらないよう別にしておく。
「なんか変な感じだな」
「何が?」
「家じゃないのに、宿でもない」
「半年いるなら家みたいなものでしょ」
「そうなんだけどさ」
リーネには父さんと母さんがいる。
カイルにはラグナのオルドのところがある。
でも今日からしばらくは、この部屋へ帰ってくる。
「俺たち、二人暮らし?」
「その言い方やめて」
「なんで?」
「普通こういうの、女の子とするもんじゃない?」
「知らないよ」
「十五歳で家を出て、知らない町で二人暮らし。そこだけ聞いたら、ちょっとそれっぽいのに」
「相手、俺だけど」
「そこなんだよなあ」
「嫌なら一人部屋借りれば?」
「一ヶ月12リル」
「ここなら二人で20リル」
「カイル、半年よろしく」
「切り替え早いな」
女の子との二人暮らしには少し憧れる。
でも、そのために毎月余計に金を払うかと聞かれたら話は別だ。
そもそも相手もいない。
前世でもできなかったことを、異世界に来たからって急に期待するのはやめよう。
◇ ◇ ◇
荷物を片づけ終わるころには、外が少し暗くなり始めていた。
「飯どうする?」
「食べに行く?」
「毎日外で食べてたら、月15リルじゃ収まらなくない?」
「じゃあ作る?」
「何を?」
「肉を焼く」
「それしかないの?」
「パンも買う」
「料理って言っていいのかな」
俺だって分からない。
でも半年暮らすなら、毎日宿や食堂に頼るわけにもいかない。
「明日、食料も見に行こう」
「市場も?」
「もちろん」
「商売する場所も決めないとね」
「あ」
そうだった。
部屋を借りただけで、少し達成感が出ていた。
俺たちは家探しに来たわけじゃない。
「じゃあ明日は、市場の場所をもう一回確認して、借りられるところを決める」
「商品はまだ出さない?」
「場所決めてからでいいだろ」
「そうだね」
寝る場所は決まった。
生活費もある。
商品も持ってきた。
ここまでは準備だ。
明日からは、本当にセルトで商売を始める。
窓から見える知らない町の灯りを眺めながら、少しだけ気持ちが高ぶる。
半年後。
この町を出るとき、俺の貯金はいくらになっているんだろう。
できれば、5,610リルより増えていてほしい。
……いや、増やすために来たんだった。




