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転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


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22/264

とりあえず、試してみよう

翌日。


 ミラの店へ行くと、店の裏に小さな容器が置かれていた。


「これ?」


「うん。昨日の分」


 中を覗く。


 灰。


 ちゃんと灰だ。


「おお……」


「そんな嬉しそうに灰を見る人、初めて見た」


「俺には金に見える」


「病気じゃない?」


 失礼な。


 原料と言ってほしい。


 俺は容器を受け取ると、代わりに約束していたパンを一個買った。


 2リル。


 現在の所持金、4リル。


 残り、2リル。


「…………」


「どうしたの?」


「パン一個買っただけで、財産が半分になった」


「そんな状態でその鞄買ったの?」


「それ以上はいけない」


 昨日までの俺を責めても50リルは帰ってこない。


 前を向こう。


 手元には灰。


 油。


 果実の皮。


 そしてパン。


「よし」


 これで。


 また石鹸が作れる。


     ◇ ◇ ◇


 家に戻って、すぐに作り始める――ことはしなかった。


 まず確認。


 今まで使っていた家の灰と、パン屋でもらった灰を見比べる。


「…………分からん」


 灰は灰だった。


 色が少し違う気もする。


 細かさも違うような気がする。


 でも、それが何を意味するのかは分からない。


 前世の俺は化学者ではない。


 パン屋でもない。


 石鹸職人でもない。


 ただの浪費家だった。


「前世の職歴、役に立たねえな……」


 とはいえ。


 分からないなら試すしかない。


 ただし。


 全部は使わない。


 ここで新しい灰をまとめて使って、油まで無駄にしたら本当に終わる。


 所持金。


 2リル。


 失敗したので追加の油を買います。


 そんな金はない。


「少しだけだな」


 いつもの記録用の木板を用意する。


 今までのやり方を基準にして、今回はごく少量。


 結果を比べるための試作品だけ作る。


 俺。


 慎重になりました。


     ◇ ◇ ◇


「それ、パン屋さんの灰?」


 エレナが横から覗き込んだ。


「そう」


「大丈夫なの?」


「分からない」


「レイン?」


「だから少しだけ試すんだって」


 以前なら、そのまま使っていたかもしれない。


 でも。


 これはもう自分だけが使う物じゃない。


 金を払って買ってくれる人がいる。


「変だったら売らないよ」


「それならいいけど」


 エレナはまだ少し心配そうだった。


 当然だ。


 俺自身。


 大丈夫かどうか分かっていない。


 だから、今までと同じように慎重に様子を見る。詳しい理屈なんて分からない以上、違いがあれば記録して、駄目なら使わない。


「……こういうの、ちゃんと知ってる人に聞ければいいんだけどな」


「石鹸の作り方を?」


「灰とか油の扱いを」


 エレナが少し考える。


「薬師なら、そういうことに詳しい人もいるんじゃない?」


「薬師?」


「薬草だけじゃなくて、軟膏や薬油を作る人もいるでしょう?」


「…………」


 なるほど。


 俺一人で永遠に実験する必要はない。


 この世界には、この世界の知識を持っている人間がいる。


「今度探してみる」


「そうしなさい」


 現代知識。


 現地知識。


 両方使えばいい。


 なんでも自分で知っている必要はない。


「……なんか、また俺成長した?」


「自分で言う?」


「言ってくれる人がいないから」


「じゃあ言わない」


「母さん?」


     ◇ ◇ ◇


 試作品は、その日のうちに完成するわけではない。


 しばらく待つ必要がある。


 つまり。


 暇になった。


「…………」


 いや。


 暇じゃない。


 俺には確認しなければならないことがある。


 ハンス。


 あの十個。


 売れてる?


 全部売れてる?


 まだ一個も売れてない?


 卸した時点で俺は30リルを受け取っている。


 だから、売れ残ったとしても俺の損ではない。


 ……今回だけなら。


 でも。


 売れなければ。


 次の注文がない。


「…………」


 気になる。


 めちゃくちゃ気になる。


 前世でネット通販したとき、発送通知が来たあと何度も配送状況を確認していた。


 発送済み。


 輸送中。


 配達店到着。


 配達中。


「……今思うと、見たところで早く届くわけじゃなかったな」


 でも見ていた。


 今も同じ。


 見たところで石鹸が売れるわけじゃない。


 でも。


「ちょっとだけ」


 様子を見るだけ。


 邪魔はしない。


 商売人として。


 市場調査。


「…………」


 またこの言葉使ってるな、俺。


     ◇ ◇ ◇


 ハンスの雑貨屋へ行く。


 店の前まで来て。


 止まる。


「…………」


 普通に入ればいいだろ。


 俺の商品を置いてもらってるんだから。


 何も悪いことはしていない。


 店に入る。


「いらっしゃ――」


 ハンスが俺を見る。


「なんだ。レインか」


「こんにちは」


「今日は何だ?」


「別に」


「…………」


「…………」


「石鹸が売れたか見に来たのか?」


「なんで分かったの?」


「顔」


 そんなに出てた?


 ハンスは小さく笑って、店の棚を指差した。


「自分で見ろ」


 見る。


 清めの石鹸。


「…………」


 一個。


 二個。


 三個。


 棚に並んでいる。


 三個。


「七個売れた?」


「ああ」


「七個!?」


「声が大きい」


「すみません」


 三個残っている。


 つまり。


 十個卸して。


 七個売れた。


「いつ?」


「何がだ」


「何日で?」


「お前が持ってきてから今日までだ」


「…………」


 早い。


 思っていたより。


 ずっと。


     ◇ ◇ ◇


「どんな人が買った?」


「そこまで全部覚えてない」


「男? 女?」


「両方だ」


「年齢は?」


「レイン」


「はい」


「質問が多い」


「大事なんだよ」


「八歳の台詞じゃないな」


 最近。


 みんなそれ言う。


 ハンスは少し考えてから教えてくれた。


「ミラの店で買ったことがある客もいた。あとは、店に置いてあるのを見て聞いてきた客だな」


「初めて見た人も買った?」


「ああ」


「なんで?」


「店に置いてあるからだろう」


「…………」


 なるほど。


 ミラの店では。


 ほとんど口コミだった。


 誰かが使って。


 その人が誰かに教える。


 だから売れた。


 でも。


 雑貨屋は違う。


 最初から生活用品を買いに人が来る。


 そこに。


 俺の石鹸が置いてある。


「店に置くって、強いな……」


「今さら気づいたのか?」


「今気づいた」


 ハンスが呆れた顔をする。


「残り三個も売れたら、また仕入れる?」


「それを考えていたところだ」


「お」


 来た。


 次の注文。


「ただし」


 ハンスが続ける。


「次も十個とは限らん」


「増える?」


「減るかもしれん」


「なんで!?」


「最後まで聞け」


 怒られた。


     ◇ ◇ ◇


「七個売れたのは悪くない。だが、まだ三個残っている」


「うん」


「残りがどれくらいで売れるかを見る」


「なるほど」


「それと、何度も買う客がいるかどうかだ」


「何度も?」


「一回試して終わる商品なのか、使い切ったらまた買う商品なのか。それで価値が変わる」


「…………」


 リピーター。


 そういうことか。


 確かに。


 石鹸は消耗品だ。


 使えばなくなる。


 気に入ってくれれば。


 また買う。


「もしまた買いに来る人がいたら?」


「次は少し多めに仕入れてもいい」


「例えば?」


「まだ決めん」


「二十個?」


「決めん」


「十五?」


「決めん」


「十二?」


「帰れ」


「はい」


 でも。


 悪くない。


 七個売れている。


 次の取引もありそう。


 しかも。


 今度は量が増える可能性もある。


「…………」


 稼げる。


 50リル。


 取り返せる。


 革鞄。


 やっぱり買って正解だったのでは?


「何をにやけてる」


「なんでもないです」


     ◇ ◇ ◇


 家に戻って数日。


 パン屋の灰を使った試作品を確認する。


 見た目。


 大きな違いはない。


 香り。


 問題なさそう。


 少量で使い勝手を確かめても、今までの物と極端な差は感じなかった。


「……いけそう?」


 ただ。


 一回で決めつけるのは怖い。


 もう一度。


 今度も少量で試す。


 同じような結果。


「よし」


 少なくとも。


 今のところ。


 使えそうだ。


 俺は木板に結果を書き残した。


 これで。


 灰の問題は、一旦解決。


 油もある。


 果実の皮もある。


 作れる。


 そして。


 売れる場所もある。


「…………」


 なんか。


 急に。


 順調じゃない?


 所持金は。


 2リル。


 だけど。


 材料はある。


 注文もある。


 次の売上も見えている。


「これなら50リルなんて、すぐ――」


 言いかけて。


 やめた。


 最近。


 俺が調子に乗ると。


 だいたい何か起きる。


「…………」


 黙って作ろう。


 俺は少しだけ。


 学習していた。

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