出発前に、もう一つ
ベルクと久しぶりに会った翌日。
俺とカイルは、セルトへ持っていく荷物についてもう一度確認していた。
石鹸は十個。鞄は二個。ノルンの道具は実物を持っていかず、どんな物なのか説明できるようにしておく。あとは向こうで探すという方針も決まった。
「これなら、荷物はそんなに多くならないな」
「半年分の着替えとかもあるけどね」
「半年分も持っていかないよ。洗えばいいだろ」
「できるの?」
「……洗うくらいできる」
「料理よりは信用できそう」
そこは俺も否定しない。
問題は、商品の準備より生活費だった。
目標は90リル。
今持っている自由に使える15リルに、石鹸と鞄の取り分として受け取る42リルを合わせれば57リルになる。
あと33リル。
「すぐには増えないよな」
「石鹸も鞄も、売れるまで時間かかるしね」
「待ってればそのうち入るけど、いつになるか分からないか」
前に受け取った分だって、一日や二日で売れたわけじゃない。
今まで作ってきた商売から収入があるのはありがたいけど、必要なときに必要なだけ入ってくるわけではない。
「出発を急ぐ必要はないけど……」
「何ヶ月も待つのも違うね」
「だよなあ」
何か別の方法で33リルを作るか。
そんなことを考えていると、店の奥からハンスが顔を出した。
「レイン。ベルクが呼んでるぞ」
「ベルクさんが?」
「昨日話しただろ?」
「話したけど」
「いいから行ってこい」
何だろう。
昨日の話で、何か言い忘れたことでもあったのか。
◇ ◇ ◇
ベルクはハンスの店の裏で、自分の荷物を整理していた。
「来たか」
「ハンスさんに呼ばれたんだけど」
「ああ。ちょっと待て」
ベルクは荷物の中を探り、小さな革袋を取り出した。
そのまま俺に差し出してくる。
「ほら」
「……何?」
「持ってけ」
「だから何を?」
「開けりゃ分かる」
受け取って中を見る。
硬貨が入っていた。
「え?」
「50リルある」
「……なんで?」
思っていたよりずっと多い。
慌てて返そうとすると、ベルクは手を出さなかった。
「白いソースの分?」
「違う」
即答だった。
「あれは300リルで買った。俺がそのあといくら稼ごうが、お前に追加で払う話じゃねえ」
「じゃあ、これ何?」
「餞別だよ」
「餞別?」
「お前、今度は自分で町に腰据えて商売するんだろ」
「カイルとだけど」
「分かってるよ」
ベルクは荷物をまとめながら続けた。
「前は俺の荷物に石鹸や鞄を乗せて、外で試してた。それが今じゃ、自分で別の町へ行って商売するってんだからな」
そう言われると、ずいぶん変わった気がする。
最初にベルクへ石鹸を渡したとき、俺はリーネの外で売れるか試してもらうだけだった。
今度は自分で行く。
しかも、半年も。
「それに成人祝いもまだだっただろ」
「いや、それでも50リルは多くない?」
「そうか?」
「多いよ」
「なら大事に使え」
「そういう問題?」
もう一度返そうとしたが、やっぱり受け取らない。
「俺も白いソースじゃ随分稼がせてもらったからな」
「でも、それはベルクさんが300リルで買ったんでしょ?」
「だから、その取り分じゃねえって言ってるだろ」
ベルクが笑う。
「商売がうまくいった。知り合いが成人した。そいつが今度は自分で外へ出て商売する。だから祝いを渡す。それだけだ」
「……本当にいいの?」
「何回聞くんだ」
「だって50リルだよ?」
「いらねえならカイルにやるぞ」
「それは嫌」
「じゃあ持ってけ」
反射的に革袋を握ってしまった。
ベルクがそれを見て笑う。
「大事に使えよ」
「……ありがとう」
「おう」
なんだか調子が狂う。
昔から取引は何度もしてきたけど、こういう形で金をもらうのは初めてだった。
◇ ◇ ◇
店へ戻ってカイルに話すと、最初は驚いていた。
「50リル?」
「うん」
「本当に?」
「ほら」
革袋を見せる。
カイルは中を確認してから俺を見る。
「よかったじゃん」
「うん」
生活用として足りなかったのは33リル。
ベルクからもらった50リルを入れれば、目標の90リルには届く。
しかも17リル余る。
「……17リル余るな」
「生活用に入れとけば?」
「でも90リルって決めたじゃん」
「多くて困るの?」
「困らないけど」
90リルあれば三ヶ月暮らせる。
107リルなら、それより少し余裕がある。
分かっている。
分かっているんだけど。
「17リルあったら、向こうで何か――」
「レイン」
「まだ何も言ってない」
「言う前に止めただけ」
「早くない?」
「顔見れば分かる」
そこまで分かりやすいつもりはない。
でも、ベルクが大事に使えと言って渡してくれた金だ。
着いた初日に面白そうな物を見つけて消えるのは、さすがに違う。
「分かった。全部生活用にする」
「それがいいと思う」
「107リルか」
目標より17リル多い。
急に余裕ができた気がする。
「……これなら、ちょっとくらい――」
「生活用」
「はい」
危ない。
余裕ができた瞬間、使い道を考えてしまった。
とにかく、これで生活費の心配はなくなった。
貯金5,610リルには触っていない。
仕事用の768リルにも触っていない。
カイルとの商売用の金にも手を出していない。
セルト生活用、107リル。
ようやく、出発を待つ理由が一つなくなった。




