ベルクさん、久しぶり
セルトへ持っていく物を決め始めてから、数日が経った。
石鹸と鞄の準備は進んでいる。生活用の金も、あとは今までの商売から入ってくる分を待ちながら、足りないところを埋めていけばいい。
そんな日の昼過ぎ、ハンスの店へ顔を出すと、見覚えのある大きな荷物が入口の脇に置かれていた。
「……もしかして」
「おう、レイン。久しぶりだな」
店の奥から出てきたのはベルクだった。
「ベルクさん!」
「なんだ、ずいぶん嬉しそうだな」
「久しぶりだからね。いつ戻ってきたの?」
「ついさっきだ。荷物を置いて、ハンスと話してたところだよ」
最後に会ってから、かなり経っている。
俺がラグナへ行ったり、ノルンで道具を作ったりしている間も、ベルクはいつも通り町から町へ移動していたらしい。
「そういや、お前も最近はリーネにいないことが多いんだって?」
「よく知ってるね」
「ハンスから聞いた」
「余計なことまで話してない?」
「どこまでが余計なんだ?」
それを聞かれると困る。
◇ ◇ ◇
「それで、今度はどこへ行くんだ?」
ベルクが椅子に腰を下ろしながら聞いてきた。
「セルト」
「セルト?」
思ったより反応が大きかった。
「知ってる?」
「そりゃ知ってるさ。何度も行ってる」
「やっぱり」
セルトは三本の街道が集まる大きな町だ。
行商人のベルクなら、行ったことがあっても不思議じゃない。
「どれくらいいるんだ?」
「半年くらい」
「……半年?」
ベルクが俺の顔を見る。
それから、なぜかハンスを見る。
「こいつ、行商人になるのか?」
「違うらしいぞ」
ハンスが笑った。
「最初は市場で物を売ってみて、うまくいきそうなら小さい店も考えてる」
「半年って、もう旅じゃねえな」
「父さんにも同じようなこと言われた」
「そりゃ言われるだろ」
ベルクは呆れたように笑ったが、止める様子はなかった。
「一人でやるのか?」
「いや、カイルと二人」
「カイル?」
「あれ、ベルクさんは会ってなかったっけ」
「知らんな」
「今、一緒に商売してるやつ。ラグナの中古品を扱う店にいたんだ」
「へえ。お前が誰かと組んだのか」
「その言い方、なんか引っかかるんだけど」
「気のせいだ」
絶対に気のせいじゃない。
そんな話をしていると、ちょうど店の扉が開いた。
「レイン、ここにいたんだ」
「あ、カイル」
なんというタイミングだ。
カイルは俺の隣にいるベルクを見て、足を止めた。
「ちょうどよかった。カイル、この人がベルクさん」
「前に話してた行商人の?」
「そうそう」
今度はベルクを見る。
「ベルクさん、こっちがカイル。今、一緒に商売してる」
「初めまして。カイルです」
「ベルクだ。よろしくな」
二人が軽く握手をする。
ベルクはカイルをちらりと見たあと、俺へ視線を戻した。
「こいつと半年も一緒にやるのか」
「そうだけど?」
なぜかカイルに聞いている。
「大変だな」
「何が?」
「分かるだろ?」
カイルが一瞬だけ俺を見る。
「……まあ、少し」
「カイル?」
「冗談だよ」
間があったぞ。
絶対ちょっと本気だった。
◇ ◇ ◇
「それで、セルトへ何を持っていく?」
せっかくなのでカイルも一緒に座り、ベルクから話を聞くことになった。
「最初は石鹸と鞄。ノルンで作った道具も説明だけ持っていくつもり」
「ノルン?」
「あ、そこから話してないのか」
俺はノルンで木を同じ長さに切る道具を作ったことと、注文が入ってから作る形になったことを簡単に説明した。
「相変わらず、変なことやってんな」
「ちゃんと売れたよ」
「そこが余計にお前らしい」
「俺も最初に聞いたときは驚きました」
カイルまで乗ってきた。
「でも売れたんだろ?」
「売れました」
「ならいいじゃねえか」
「ほら」
「なんでレインが偉そうなの?」
味方が増えたと思ったのに違った。
「ベルクさんから見て、セルトって商売しやすい?」
「物は売れる町だぞ。ただ、売る奴も多い」
ベルクは旅の荷物から水筒を取り出し、一口飲んだ。
「街道が三本集まるから、いろんな町の品が入ってくる。珍しい物を持っていっても、似た物がもうあるなんて普通だ」
「それは下見でも感じた」
「なら話が早い。人が多いから何でも売れる、とは思わない方がいいな」
俺たちもセルトで、他の町の商品を集めた店を見ている。
だから、ただリーネの商品を持っていけば珍しがられるとは考えていない。
「市場で試すってのは悪くない。店を借りるのは、そのあとで十分だ」
「やっぱり?」
「あそこは場所で客の流れがかなり違う。安いからって通りから外れすぎると、今度は誰も来ねえ」
「そこは二人で見てきました」
カイルが答える。
「市場も何ヶ所か回って、短く借りられる場所も確認してます」
「ちゃんと下見してんだな」
「二週間いたからね」
「二週間?」
「最初は一週間の予定だったんだけど」
「お前、昔から予定通り帰ってこねえな」
「今回は二人で決めたから」
「レインが残りたそうだったのは否定しないけどね」
「カイル?」
さっきから俺への援護がない。
◇ ◇ ◇
「そうだ、ベルクさん」
「なんだ?」
「セルトで売る物、もう少し増やしたいんだけど、何か向こうで売れそうな物知らない?」
「その聞き方じゃ駄目だな」
「なんで?」
「俺が売れると思う物と、お前らが売れる物は違う」
ベルクはあっさり言った。
「俺は馬車で町を回ってる。仕入れ先もあるし、売る相手もいる。お前らはセルトに留まって、市場で客を待つんだろ?」
「うん」
「なら、俺の荷物を真似しても仕方ねえよ」
確かに。
同じ商売をするわけじゃない。
「ただ、向こうへ持っていく物を増やすんじゃなくて、向こうで見つけるってのもありだぞ」
「セルトで仕入れる?」
「ああ。あそこは人だけじゃなく、物も集まる。安く入ってくる物もあれば、旅人が手放した物もある」
そこでカイルが少し身を乗り出した。
「中古品も多いですか?」
「多いぞ。旅人が荷物を減らすために売ることもあるし、別の町から流れてきた道具もある。ただし、安いからって何でも買うと痛い目見るけどな」
「状態が悪い物も?」
「もちろん。直せば使える物もあれば、安くても買わない方がいい物もある」
「それなら、一度ちゃんと見てみたいな」
カイルの目が変わった。
俺が知らない道具を見つけたときとは、少し違う。
こいつの場合は、物そのものより、値段と状態を見比べているときの方が楽しそうだ。
「カイルはそういうの得意なんだ」
「ラグナで中古品を扱う店にいたって言ってたな」
「今も世話になってます。店主に教わりながらですけど」
「なら、俺よりお前の方が向いてるかもしれねえな。俺は売れそうなら仕入れるが、中古道具を細かく見るのは専門じゃない」
カイルが頷く。
セルトで商品を探すなら、俺一人で見るよりずっと良さそうだ。
「じゃあ、向こうでカイルが仕入れる物を決めて、俺が売る」
「勝手に役割決めないでよ」
「逆がいい?」
「一緒に決めるの」
「はい」
ベルクが笑った。
「なるほどな」
「何?」
「いや。ちゃんと相手がいてよかったと思ってな」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ」
なんとなく納得いかない。
でもハンスまで笑っているので、これ以上聞かないことにした。
◇ ◇ ◇
帰る前に、ベルクが入口の荷物を持ち上げた。
「セルトへ出るのはいつだ?」
「まだ決めてない。生活費と商品の準備が終わってから」
「なら、俺がまた出る方が先かもな」
「今度はどこへ?」
「何ヶ所か回る。セルトとは別方向だ」
せっかく久しぶりに会えたのに、ベルクはまたすぐ旅へ出る。
でも、それがベルクの仕事だ。
「半年いるなら、どっかでまた会うかもしれねえな」
「セルトで?」
「俺が通ることもある」
「じゃあ、そのときは店できてるかも」
「市場から始めるって言ったばっかりだろ」
「半年あるし」
「その考えで金使いすぎんなよ」
「俺もそこは見ておきます」
「カイルまで」
「頼んだぞ」
「はい」
「二人で勝手に話進めないでよ」
初対面のはずなのに、もう俺を止める側で話がまとまっている。
ただ、ベルクの話を聞いて一つ決まったこともある。
出発前に無理やり商品を増やす必要はない。石鹸と鞄を持っていき、ノルンの道具は説明だけ。足りない物は、セルトへ行ってから二人で探せばいい。
半年もいるんだ。
最初から全部揃えていくより、その町で見つけた物を、その町で売ってみる。
それも俺たちなりの商売になりそうだった。




