半年分、いくら必要?
カイルがラグナへ戻ってから、数日が経った。
その間、俺もぼんやり待っていたわけじゃない。セルトへ持っていく物を考えたり、ハンスに運送のことを聞いたりしていた。
そして昼過ぎ、ハンスの店へ向かう途中で、ちょうどリーネへ戻ってきたカイルを見つけた。
「おかえり。どうだった?」
「普通だったよ」
「普通?」
「半年くらいセルトに行くって話した。オルドは、好きにやってこいって」
なんとなく予想通りだ。
「何か言われなかった?」
「駄目だったときに、意地張って残るなって」
「……うちの父さんと同じこと言ってる」
「俺たち、そんなに意地張りそうに見えるのかな」
「カイルは知らないけど、俺は言われても仕方ないかも」
「自覚あるんだ」
ある。
金を使ったあとほど、なんとか元を取りたくなるのは前世から変わっていない。
「でも、これで二人とも大丈夫だな」
「うん。次は準備だね」
いよいよだった。
◇ ◇ ◇
そのままハンスの店へ行き、奥の机を借りた。
紙を広げ、向かいにカイルが座る。
「まず何から?」
「商品?」
「その前に金」
「やっぱり?」
「半年いるんでしょ」
セルトで考えたときにも、生活費の話は出ていた。
でも、そのときは半年という期間自体がまだ曖昧だった。
今は違う。
「向こうで暮らす金と、商売する金。先に分けよう」
「一緒じゃ駄目?」
「駄目」
「だよね」
聞いただけだ。
俺だってそこは分かっている。
「俺たちの商売用の金は、商品を仕入れたり、市場を借りたりする金」
「うん」
「住む場所と飯は、それぞれ自分で出す」
「分かりやすいな」
紙の真ん中に線を引く。
商売。
生活。
まずはそれだけでも分けておいた方がいい。
「店を借りることになったら?」
「店は商売用」
「店と住む場所が一緒だったら?」
「……そのとき考える?」
「最初から全部は決められないしね」
いきなり例外が出た。
半年暮らすというのは、思ったより面倒だ。
◇ ◇ ◇
「セルトで聞いた感じだと、安い部屋なら一ヶ月12リルくらいだったよな」
「うん。場所を選ばなければ、それくらい」
「食費は?」
「一日ずっと外で食べたら高くなるけど、自分たちでも用意するなら……一ヶ月15リルくらい?」
「母さんに料理できるのか聞かれたんだけど」
「できるの?」
「肉なら焼ける」
「じゃあ15リルで頑張ろう」
「急に不安になってきた」
それでも、食事に15リル。
部屋に12リル。
洗濯や細かい生活用品、予想外の出費もある。
「雑費で3リルくらい見ておく?」
「ちょうど月30リルか」
俺は紙に書く。
部屋、12リル。
食費、15リル。
雑費、3リル。
合計30リル。
「半年なら……180リル」
「一人180リルだね」
「二人なら360リルか」
「でも生活費は別々に出すんでしょ?」
「そうだった」
つい二人分を考えてしまった。
俺が用意するのは180リル。
カイルも自分で180リル。
ただし、それは半年間まったく収入がなくても生活できる金額だ。
「全部持っていく?」
「そこまではいらないと思う」
「だよな」
セルトでは商売をする。
市場で何も売れない可能性もあるけど、半年間ずっと収入ゼロを前提にする必要もない。
「最低でも三ヶ月分くらい?」
「俺もそれくらいは欲しい」
「じゃあ90リルか」
ようやく数字が出た。
出発前に一人90リル。
それだけ生活用として確保しておけば、三ヶ月何も稼げなくても暮らせる。
それでも駄目なら、その時点で商売自体を見直せばいい。
◇ ◇ ◇
「レイン、自分の金は?」
「ちゃんと分けてるよ」
俺は今の自分の金を書き出した。
貯金。
仕事用。
自由に使う金。
それとは別に、カイルと一緒に使う商売用の金がある。
「貯金は?」
「5,610リル」
「それは使わないんだよね?」
「もちろん」
そこだけは即答する。
100万リルまで、まだ994,390リル。
数字にすると相変わらず遠い。
「仕事用は?」
「768リル」
「自由に使えるのは?」
「……15リル」
父さんに贈った道具で、かなり減った。
俺は紙に書いた90リルと、15リルを交互に見る。
「75リル足りない」
「そうなるね」
「金はあるのに?」
「使わないって決めてるからね」
「貯金5,610リル。仕事用768リル。なのに生活費が75リル足りない」
「いいことじゃない? ちゃんと分けられてるってことでしょ」
「そうなんだけど……」
なんだろう。
すごく金がない気分になる。
「仕事用から75リル借りる?」
「嫌だ」
「貯金から?」
「もっと嫌だ」
「じゃあ決まりだね」
「……稼ぐしかないか」
結局そこに戻ってきた。
◇ ◇ ◇
「カイルは90リル用意できそう?」
「一回ちゃんと確認するけど、たぶん大丈夫」
「俺だけじゃん」
「父親に128リル使ったばっかりだからね」
「あれは後悔してないよ」
「なら稼げばいい」
「簡単に言うなあ」
とはいえ、方法がないわけじゃない。
石鹸と鞄から入ってくる金もある。
今までの商売を少し動かしてもいい。
出発を急ぐ理由もない。
「よし」
俺は紙に、新しく一つ書き足した。
――セルト生活用 90リル。
その横に、今ある15リル。
さらに、その下へ大きく書く。
――あと75リル。
「これを作ってから出発」
「商売用の準備もあるけどね」
「分かってるって」
半年セルトで暮らすなら、一人180リル。
でも、最初に用意するのは三ヶ月分の90リル。
貯金には触らない。
仕事用にも触らない。
そうすると俺には75リル足りない。
数字にしてみると、やることはずいぶん分かりやすくなった。
「75リルか」
稼げない額じゃない。
むしろ今までなら、それくらいなら何かに使っていた気がする。
今回は逆だ。
使うためじゃなく、向こうで暮らすために貯める。
……いや、それも結局使う金か。
「レイン?」
「なんでもない」
とにかく、まず75リル。
5,610リルの貯金には、絶対に手をつけない。




