半年、セルトでやってみたい
セルトを出て二日。
見慣れたリーネの門が見えてきたとき、やっぱり少しほっとした。
「じゃあ、俺は宿に行くよ」
「うん。明日は?」
「一回ラグナに戻る。俺もオルドに話さないと」
「そっか」
半年セルトに滞在するなら、カイルにも話しておく相手がいる。
オルドは成人したカイルを店に縛るつもりはないと言っていた。それでも、今まで旅が終わるたびにラグナへ戻っていたカイルが、半年も別の町で暮らすとなれば話は別だ。
「じゃあ、決まったらまたリーネで」
「うん。レインもちゃんと話してね」
「分かってるって」
カイルと別れ、俺も家へ向かった。
さて。
なんて言おう。
◇ ◇ ◇
「ただいま」
「おかえり、レイン」
家に入ると、母さんがいつも通り迎えてくれた。
「今回は少し長かったわね」
「予定より一週間延ばしたから」
「そうなの? 何かあった?」
「うん。まあ……その話もしたいんだけど」
俺がそう言うと、母さんが少しだけ不思議そうな顔をした。
父さんはまだ仕事場にいる。
どうせなら二人がいるときに話したい。
「父さん帰ってからでいいよ」
「分かったわ。先に荷物置いてきたら?」
「そうする」
部屋へ戻り、久しぶりに自分の寝台へ腰を下ろす。
何度も旅には出た。
それでも、帰ってくればここが俺の部屋だ。
半年セルトに行ったとしても、そのつもりだった。
◇ ◇ ◇
夕食のあと。
俺は父さんと母さんに、セルトで考えてきたことを話した。
大きな町だったこと。
いろんな場所から商品が集まっていること。
市場で短期間だけ場所を借りられること。
最初はそこで商品を売ってみて、手応えがあれば小さな店を持ってみたいこと。
父さんは黙って聞いていた。
「それで?」
「うん」
ここからだ。
「半年くらい、セルトでやってみたい」
父さんと母さんが顔を見合わせた。
「半年?」
先に聞き返したのは母さんだった。
「まだ絶対に半年って決めたわけじゃないけど、それくらいはいた方がいいかなって」
「随分長いのね」
「店をやるなら、一月だけじゃ分からないと思うんだ」
父さんが腕を組む。
「店を出すのは決めたのか?」
「そこまではまだ。最初は市場で試す。それで全然駄目なら、店は借りない」
「なるほどな」
反対されるかと思ったけど、父さんは意外と普通だった。
ただ、少し考えてから俺を見る。
「半年ってことは、今までの旅とは違うぞ」
「うん」
「向こうで暮らすってことだ」
その言葉に、少しだけ返事が遅れた。
「……そうなるね」
分かっていたはずなのに、父さんに言われると妙に重い。
旅なら、終われば帰ってくる。
半年セルトにいるなら、朝起きて、飯を食って、働いて、寝る。その毎日を向こうで過ごすことになる。
「どこに住むの?」
今度は母さんだ。
「それも調べてきた。宿にずっといると高いから、長くいるなら部屋を借りると思う」
「食事は?」
「……買う?」
「半年ずっと?」
「たまには自分で……」
「料理できたか?」
父さんまで入ってきた。
「簡単なのなら」
「何が作れるの?」
「焼くとか」
「何を?」
「肉?」
母さんが笑った。
「そこから考えた方がよさそうね」
「商売の話より厳しくない?」
「半年ちゃんと暮らせるかの方が大事よ」
母親としてはそうなのかもしれない。
店の商品や市場のことはかなり調べてきたのに、自分が何を食べるかはほとんど考えていなかった。
「洗濯は?」
「できる」
「掃除は?」
「できるって」
「お金は?」
「それは大丈夫」
そこだけは即答できた。
貯金には手をつけない。
仕事の金と、カイルとの商売用の金も分ける。
生活に必要な分まで全部一緒にしてしまうつもりはない。
「店が売れなかったらどうする?」
父さんが聞いた。
「市場で試して駄目なら、店は借りない。それでもセルトで別の商売を探すか、駄目なら帰ってくる」
「半年いることに意地になるなよ」
「うん」
「帰ってくるのは失敗じゃない。駄目なもんに金を突っ込み続ける方がよっぽど駄目だ」
「……それ、俺に言ってる?」
「お前以外に誰がいる」
ひどい。
でも、反論しづらい。
◇ ◇ ◇
「それで、行ってもいい?」
聞いてから、少し違うなと思った。
俺はもう十五歳だ。
この世界では成人している。
「いや……行こうと思ってる。ただ、ちゃんと二人には話しておきたかった」
言い直すと、父さんが少し笑った。
「なら、最初からそう言え」
「なんか言いづらかったんだよ」
「反対されると思ったか?」
「少し」
「心配はするさ」
父さんが言う。
「でも、お前が自分で考えて決めたなら、やってみればいい」
「父さん……」
「ただし、変な物を買いすぎて帰りの金がなくなったとかはやめろよ」
「そこ?」
「大事だろ」
「大事ね」
母さんまで頷いた。
二人とも俺を何だと思っているんだ。
……いや、知っているから言っているのか。
「母さんも、行くのはいい?」
「寂しくはなるけどね」
母さんはそう言って、それから笑った。
「半年経っても帰ってこなかったら、少し怒るかもしれないけど」
「ちゃんと一回は帰ってくるよ」
「ならいいわ」
思っていたより、あっさりだった。
でも、たぶんそれは、どうでもいいからじゃない。
今まで何度も町の外へ出て、そのたびに帰ってきた。
商売をして、自分で金を稼いで、十五歳になった。
少しずつ積み重ねてきたから、送り出してくれるんだと思う。
◇ ◇ ◇
その夜。
自分の部屋を見回した。
机。
寝台。
昔から使っている棚。
ここを半年空ける。
「……長いな」
初めて、少しだけ実感した。
でも、家を出るわけじゃない。
半年やって、帰ってくる。
その先のことは、そのとき考えればいい。
まずはセルトだ。
カイルがオルドと話して戻ってきたら、今度こそ本格的な準備を始める。
次にあの町へ行くときは、旅行じゃない。
向こうで暮らして、商売をするために行く。




