一回、帰って準備しよう
セルトに来てから、十日ほどが過ぎた。
最初は一週間だけのつもりだったのに、気づけば帰る予定を延ばしている。
そして今、俺とカイルは宿の部屋で一枚の紙を睨んでいた。
「……多くない?」
「店やるなら、こんなもんじゃない?」
紙には、必要になりそうな物が並んでいる。
売る商品。
商品を運ぶ方法。
店を借りる金。
棚や箱。
寝泊まりする場所。
食費。
それから、商品が売れるまでの生活費。
「店借りれば終わりだと思ってた」
「そんなわけないでしょ」
「分かってたよ。なんとなく」
「分かってなかったやつだね」
反論できない。
商売用の金だけ考えていればいいわけじゃない。ここに住むなら、当然その間も飯を食うし、寝る場所もいる。
数日なら宿でいい。
でも、一月、二月と続けるなら話が変わってくる。
「宿にずっと泊まるの、高くない?」
「高いと思う」
「部屋借りた方がいい?」
「どれくらいいるかによるね」
そこで止まる。
そもそも、俺たちはどれくらいセルトにいるつもりなんだ。
◇ ◇ ◇
「一月?」
「店始めて、一月で帰るの?」
「じゃあ三月?」
「それで駄目だったら?」
「帰る」
「うん。成功したら?」
「……続ける?」
期間が決まらない。
当たり前だった。
まだ始めてもいないんだから、いつまでやれば結果が出るかなんて分からない。
「半年くらい見た方がいいのかな」
「俺も、それくらいは考えてた」
「半年かあ」
口にすると、急に長く感じる。
今までの旅とは違う。
ノルンへ行ったときも、最後にはリーネへ帰った。カイルだって、旅が終わればラグナへ戻っている。
でも半年となれば、もう旅行とは言えない。
「俺、半年も家空けるって言ってないな」
「俺もオルドに言ってない」
「だよね」
二人で顔を見合わせる。
成人したんだから、行くなと言われるような年齢ではない。
それでも、明日から半年いなくなります、で済ませるのは違う気がする。
「一回帰らない?」
「俺もそう思う」
答えは簡単だった。
◇ ◇ ◇
帰ると決めたからといって、セルトでやるのをやめるわけじゃない。
むしろ逆だ。
「帰る前に、調べられるだけ調べよう」
「店の場所?」
「それも。あと部屋」
「運送も聞きたいね」
「ああ、それ大事だ」
リーネから商品を持ってくるたびに、自分たちで荷物を抱えて歩くわけにはいかない。
鞄はかさばる。
石鹸だって数が増えれば重くなる。
セルトには各地から荷車が来ているんだから、荷物だけ運んでもらう方法はあるはずだ。
「それと、市場で場所借りる方法も」
「店を借りる前に試すんでしょ?」
「うん」
いきなり店を借りる必要はない。
まず市場の一角を数日借りて、持ってきた商品を並べてみる。
売れれば続ける。
駄目なら考え直す。
「……店の棚、まだ買わない?」
「まだ」
「看板は?」
「まだ」
「机くらいは?」
「市場で何が借りられるか確認してから」
「全部止めるじゃん」
「そのために俺がいるんじゃない?」
確かに。
俺一人だったら、もう棚くらい買っていたかもしれない。
危ないところだった。
◇ ◇ ◇
残りの日は、今までとは少し違う目で町を見た。
空いている店を見つければ、借りる条件を聞く。
宿では、長く泊まった場合の料金を聞く。
市場では、短期間だけ場所を使う方法を教えてもらう。
荷物を運んでいる商人にも話を聞いた。
聞けば聞くほど、やることが増えていく。
「商売始めるのって、面倒だな」
「今まで何してたの?」
「商品作って売ってた」
「それも商売でしょ」
「でも店はなかったじゃん」
石鹸はハンス。
鞄はダリオ。
白いソースはミラやベルク。
ノルンの道具も、作るのはネイルたちだ。
考えてみれば、自分で店を構えたことは一度もない。
「店って、売る前から金かかるんだな」
「だから慎重にね」
「分かってる」
「本当に?」
「……たぶん」
そこだけは自信がない。
◇ ◇ ◇
セルトを発つ前日の夜。
最初に作った紙をもう一度広げた。
来たばかりの頃より、書き込みがかなり増えている。
市場での試験販売。
石鹸は少量。
鞄も一、二個から。
ノルンの道具は、まず絵と説明で注文を取れるか試す。
中古品は、カイルがセルトで仕入れられる物を探す。
売れ方を見て、それから店を考える。
「最初より、だいぶ現実的になったな」
「最初は店やったら面白そう、しかなかったからね」
「それに比べれば進歩した」
でも、まだ決まっていないことも多い。
何より、半年近く家を離れるかもしれないという話を、家族にしていない。
カイルも同じだ。
「帰ったら、父さんと母さんに話すよ」
「俺もオルドに話す」
「反対されるかな」
「どうだろうね」
成人した。
自分で稼いだ金もある。
町の外にも何度か出た。
それでも半年という長さは、今までとは違う。
「まあ、まず話してみるか」
「うん」
俺は紙を畳んで、荷物にしまった。
明日、リーネへ帰る。
今度は旅が終わったからじゃない。
次はもっと長くここにいるために、一度帰るのだ。




