次は、少し大きな町へ
ノルンから戻って、やることも一通り片付いた。
父さんに贈った道具から思わぬ注文まで入ったけど、あとは向こうの職人たちに任せておけばいい。
俺とカイルがリーネに残って待つ必要はない。
「次、どこ行く?」
「またそこからだね」
ハンスの店で、俺たちは広げた地図を覗き込んでいた。
前回は木工の町ノルンを選んだ。
今度は少し違う場所へ行きたい。
「もうちょっと大きい町ってない?」
「何を基準に大きいと言ってる?」
「人が多くて、店も多くて、いろんな物が集まってるところ」
「それならいくつかあるが……」
ハンスの指が地図の上を動き、一つの町で止まった。
「セルトはどうだ」
「セルト?」
「この辺りじゃ大きい方だ。街道が三本通ってるから、人も荷も集まる。市場もリーネよりずっと大きい」
「いいじゃん」
「即決するな」
隣からカイルに止められた。
「まだ何も聞いてないでしょ」
「人と物が多いんでしょ?」
「それしか聞いてない」
確かに。
ハンスが笑いながら話を続ける。
「職人の町というわけでも、何か一つの産物で有名というわけでもない。いろんな町から商人が来て、いろんな物を売ってる町だな」
「それ、面白そう」
今度はカイルも否定しなかった。
「どれくらいかかる?」
「馬車なら二日ほどだ」
「近いな」
「ノルンまで行ったあとだからそう思うだけじゃない?」
それもある。
二日なら、最初から長く滞在する必要もない。
一週間くらい見て、面白くなければ帰ればいい。
「じゃあセルト、見に行ってみようか」
「俺はいいよ」
決まった。
◇ ◇ ◇
今回は、商品を持っていかない。
着替えと旅に必要な物。
それだけだ。
「本当に何も持ってかないの?」
出発前、俺は自分の荷物を見ながらカイルに聞いた。
「何を売るつもりなの?」
「いや、まだ決めてないけど」
「じゃあ持っていく物も決められないでしょ」
「石鹸くらいなら……」
「セルトで石鹸がいくらで売られてるか知ってる?」
「知らない」
「売れるかは?」
「知らない」
「じゃあ見てから」
「はい」
正しい。
悔しいけど正しい。
ラグナとリーネを往復したときも、値段を知らずに持っていけばいいわけじゃないと分かった。
町が変われば値段も変わる。
売れる物も変わる。
「今回は下見だな」
「そういうこと」
「一週間くらい?」
「それくらいでいいんじゃない?」
宿代もかかる。
飯代もかかる。
何も見つからなければ、それで帰る。
そう考えれば気楽な旅だった。
◇ ◇ ◇
二日後。
「……でかいな」
セルトの門をくぐって、最初に出た言葉がそれだった。
道が広い。
人が多い。
荷車が何台も行き交い、通りの両側には店が並んでいる。
少し歩いただけでも、聞いたことのない町の名前が飛び交っていた。
「ラグナより大きいね」
「だね」
カイルも周囲を見回している。
市場へ向かうと、さらに人が増えた。
野菜や肉、布、革製品、食器、工具。
見慣れた物もある。
知らない物もある。
同じような商品なのに、リーネより高い物も安い物もあった。
「これ、一週間で見れる?」
思わず聞く。
「全部は無理じゃない?」
「だよね」
まだ市場の入口に近い。
それなのに、もう店の数を数える気がなくなっていた。
◇ ◇ ◇
宿を取ってから、俺たちは町を歩いた。
最初の二日間は、本当に見るだけだった。
何が売られているか。
どんな人が買っているか。
どこから来た商人が多いか。
カイルは中古品を扱う店を見つけるたびに足を止めた。
「これ、ラグナより高い」
「こっちは?」
「安い。状態も悪くない」
「買う?」
「買わない」
「即答だね」
「今回は下見」
俺より真面目だ。
中古の工具を一つ手に取って、値段を確認して、そのまま戻す。
「でも、これ仕入れて別の町に持っていったら売れそうだね」
「やっぱり買う?」
「買わない」
「強いな」
俺なら買ってたかもしれない。
いや、たぶん買ってた。
三日目には、市場以外の通りも見始めた。
そこで気づいたことがある。
「この町、何でもあるな」
「うん」
「でも、全部ある場所がバラバラじゃない?」
石鹸は日用品を扱う店。
鞄は革製品の店。
職人道具は工具屋。
中古品は中古品の店。
当たり前といえば当たり前だ。
でも、町の外から来た俺には少し面倒だった。
「欲しい物が決まってれば探せるけどさ」
「決まってなかったら?」
「市場歩いて終わる」
「今の俺たちだね」
「そう」
知らない物は、探せない。
ノルンの道具だって、セルトの職人は存在を知らないかもしれない。
リーネの鞄だって、この町に同じ物があるとは限らない。
逆に、ここでは普通に売っている物が、リーネでは珍しい可能性もある。
「町ごとに、結構違うんだな」
「今さら?」
「分かってたけど、ここまで物が多いと余計に思う」
カイルも頷いた。
◇ ◇ ◇
五日目。
俺たちは市場の端に座って、買ったパンを食べていた。
「あと二日くらいで帰る?」
「そのつもりだったけど」
俺は市場を見る。
まだ見ていない通りがある。
話してみたい店もある。
値段を比べたい物も増えた。
「足りなくない?」
「俺も思ってた」
「だよね」
一週間あれば十分だと思っていた。
でも、セルトは思っていたよりずっと大きい。
「もう少しいる?」
「何日?」
「……一週間?」
「追加で?」
「うん」
カイルが少し考える。
「金は?」
「宿と飯くらいなら大丈夫」
「じゃあ俺もいいよ」
あっさり決まった。
帰る日は、一週間延びた。
「でもさ」
「何?」
「せっかく延ばすなら、見るだけじゃもったいなくない?」
「何かやる?」
「まだ分かんない」
ただ、少しだけ考えていることはある。
この町には、いろんな場所から物が集まってくる。
でも、それぞれ別々の店で売られている。
だったら。
「他の町の物ばっかり集めた店って、あるのかな」
「商人の店なら似たようなのはあるんじゃない?」
「そうじゃなくてさ」
リーネの石鹸。
ダリオの鞄。
ノルンの道具。
ラグナでカイルが見つける中古品。
それに、これから別の町で見つける物。
全部を同じ場所に置いたらどうなるんだろう。
「……店でもやるつもり?」
「いや」
俺は首を振る。
「まだ思っただけ」
「なら、まず似た店がないか探そう」
「それだ」
すぐに始める必要はない。
そもそも俺たちは、一週間のつもりで来ただけだ。
商品もない。
準備もない。
この町で何が売れるのかさえ、まだ分かっていない。
「とりあえず、もう一週間見てみよう」
「うん」
そのときはまだ、本当にそれだけのつもりだった。
少し長く見て、リーネへ帰る。
そのはずだった。




