父さん、使ってみてよ
父さんは道具の前に立ったまま、しばらく眺めていた。
さっきまで驚いていたのに、今は完全に職人の顔になっている。
「ここで長さを決めるのか?」
「そう。切りたい長さに合わせて、こっちを固定する」
「それで、次から測らなくていいと」
「同じ長さならね」
父さんは位置を決める部分を何度か動かして、固定具合を確かめる。
俺が説明するより、自分で触った方が早そうだ。
「刃はこれか」
「うん。足で動かすと回る」
「手で押さえながら切れるわけか」
「そういうこと」
「なるほどな」
返事が短くなってきた。
たぶん、もう俺の話を半分くらいしか聞いてない。
◇ ◇ ◇
「何か切ってみる?」
「待て。先に全部見る」
「はい」
こういうところは父さんらしい。
足で動かす部分。
刃の位置。
木材を置く場所。
固定する部分。
一通り確認してから、ようやく工房の隅にあった細い木材を一本持ってきた。
「これくらいならいいか」
「大丈夫だと思う」
「思う?」
「ノルンでは切れた」
「お前が作った道具だろ」
「俺だけで作ったわけじゃないし」
「そこは自信持てよ」
いや、刃を作ったのはバルドだし、動かす仕組みはほとんどローディだ。
俺が自信満々に保証する方が怖い。
父さんは木材を置き、位置を合わせる。
「最初はゆっくりね」
「分かってる」
足を動かす。
刃が回り始める。
父さんは回転を確かめてから、慎重に木材を送った。
音を立てながら、刃が木へ入っていく。
そして一本。
切れた。
「……ほう」
父さんが切った木材を見る。
「どう?」
「切れるな」
「だから言ったじゃん」
「切れるのと使えるのは別だ」
厳しい。
でも、その言い方はノルンでも聞いた気がする。
◇ ◇ ◇
父さんは同じ木材をもう一本持ってきた。
「次も同じ長さで切ってみる」
「うん」
今度は測らない。
さっき決めた位置に木材を合わせ、そのまま切る。
二本目。
三本目。
四本目。
父さんは切るたびに木材を並べていった。
「揃ってる?」
「待て」
四本をまとめて端を合わせる。
父さんの指が切り口をなぞった。
「……悪くない」
「おお」
「多少の癖はあるが、この程度なら仕事によっては十分使える」
父さんはもう一度、道具を見る。
「椅子なんかで同じ長さを何本も取るときは楽だな」
「でしょ?」
「毎回測って印をつける必要がないのはでかい」
やっぱりそこだ。
一本切るだけなら、普通の鋸でいい。
ノルンでも最初に言われた。
でも、同じ物を何本も作るなら話が変わる。
「ただ、何でもこれで切れるわけじゃないぞ」
「うん」
「太い材には向かんだろうし、細かい調整が必要な仕事なら手でやった方がいい」
「それも向こうで言われた」
「じゃあ分かってるじゃないか」
父さんが笑った。
「でも、使える?」
「ああ。使いどころを選べばな」
よし。
120リル。
無駄じゃなかった。
……いや、贈り物なんだから元を取ろうとする必要はないんだけど。
◇ ◇ ◇
「それにしても」
父さんは道具の周りを歩きながら、まだ見ている。
「よくこんなの思いついたな」
「最初は、同じ長さを毎回測ってるのが面倒そうだなって思っただけだよ」
「そこからこれになるか?」
「途中で色々あった」
「色々で済ませるな」
かなり色々あった。
回しても切れなかったり。
二人必要になったり。
足で回すことになったり。
「俺が思いついたのは最初だけで、途中からは向こうの職人たちが勝手に改良してたよ」
「いい職人に当たったんだな」
「うん。ちょっと変な人たちだけど」
「職人なんてそんなもんだ」
「父さんが言う?」
「俺は普通だ」
それはどうだろう。
父さんはもう一度足を動かし、刃を回す。
さっきより明らかに滑らかだ。
「もう慣れた?」
「この程度ならな」
「早くない?」
「何年木を触ってると思ってる」
そう言いながら、また一本切る。
気に入ってるじゃん。
◇ ◇ ◇
それから数日。
工房を覗くと、父さんは普通にその道具を使っていた。
全部の仕事で使うわけではない。
同じ寸法の木材を何本か用意するときだけ引っ張り出して、それ以外は今まで通り手で切っている。
使い分けているらしい。
「ちゃんと使ってるね」
「貰ったんだから使うだろ」
「無理してない?」
「使えないなら使わん」
それなら安心だ。
父さんが気を遣って使っていたら、贈った意味がない。
「レイン、そこの材取ってくれ」
「これ?」
「それ」
木材を渡したところで、工房の外から声がした。
「ガルド、いるか?」
「いるぞ」
一人の男が入ってくる。
俺も何度か見たことがある。近くで仕事をしている木工職人だ。
「この前頼んでた――」
そこまで言って、男の視線が止まった。
父さんの前にある道具を見ている。
「……なんだ、それ?」
父さんと目が合った。
来た。
いや。
別にこれを狙って買ったわけじゃない。
父さんに使ってほしくて贈っただけだ。
「息子から貰った」
「これを?」
「ああ」
男が近づいてくる。
「何に使うんだ?」
「木を切る」
「見れば分かる。それ、どうやって動くんだ?」
父さんが俺を見る。
俺も父さんを見る。
「……使ってみる?」
つい口から出た。
男の顔が明るくなった。
「いいのか?」
なんだろう。
嫌な予感ではない。
むしろ、よく知っている予感がする。
こういうところから、話が大きくなるんだよな。




