一晩考えても、欲しかった
翌朝。
目が覚めて最初に考えたのは、昨日の120リルだった。
「……やっぱ欲しいな」
一晩寝ても変わらなかった。
正確には、俺が使うわけじゃない。
父さんにあげたい。
自由に使える金は143リル。その中から120リルを使えば、残るのは23リルだ。
かなり減る。
でも、貯金には触らない。
仕事用にも触らない。
カイルとの共同資金なんて当然使わない。
「問題ないな」
一晩考えた。
それでも欲しい。
なら買おう。
◇ ◇ ◇
問題は、どうやって注文するかだった。
ノルンまで戻って、
「一台ください」
と頼んで、またリーネへ帰ってくる。
さすがに面倒くさい。
「ハンスなら何か知ってるかな」
こういうとき、町の外と取引している人が近くにいるのは助かる。
俺は120リルを持って、ハンスの店へ向かった。
「また来たのか」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「今度は何だ?」
「ノルンに注文出したいんだけど、俺が行かないで送る方法ってある?」
「物を買うのか?」
「うん」
ハンスは少し考える。
「ノルン方面へ行く商人はいる。毎日じゃないがな」
「手紙と金って頼める?」
「信用できる相手なら」
「じゃあお願いしたい」
「急ぎか?」
「いや、急ぎじゃない」
父さんへの贈り物だ。
数日早く届いたところで何かが変わるわけでもない。
「なら次に向かう奴へ頼めばいい。もちろん運び賃はかかるぞ」
「……いくら?」
危ない。
120リルだけで済むと思っていた。
「届ける物も戻りの荷もあるんだろ。そこまで含めて確認してやる」
「お願いします」
自由に使える金、23リル。
そこからさらに減るらしい。
親孝行って金かかるな。
◇ ◇ ◇
ネイル宛てに短い注文を書いた。
一台お願いします。
前に話していた、父さんに渡す分。
値段は120リル。
できたらリーネまで送ってほしい。
「これで分かるかな」
「分かるだろ」
ハンスが内容を確認する。
「向こうとは話がついてるんだな?」
「一台頼んだら作ってくれるって」
「なら問題ない」
代金も一緒に預ける。
袋から120リルが消えた。
「……減ったなあ」
「使ったんだから当たり前だ」
「昨日まで143リルあったんだよ」
「なら23リル残ってるだろ」
「そうなんだけど」
数字で分かっていても、実際に減ると少し寂しい。
「やめるか?」
「やめない」
そこは即答できた。
父さんに渡したとき、どんな反応をするのか見たい。
「じゃあ頼む」
「ああ。向こうへ行く商人が来たら渡しておく」
「ありがとう」
これで注文完了。
……たぶん。
「そういえば」
店を出ようとして、足を止める。
「何だ?」
「できた道具をノルンからこっちへ運ぶのも、その人に頼める?」
「大きさ次第だな」
「結構大きい」
「先に言え」
「台があるから」
ハンスがため息をついた。
「それなら帰りの荷に余裕があるか確認してからだ。無理なら別の便を探す」
「お願いします」
注文より、運ぶ方が大変かもしれない。
◇ ◇ ◇
それからしばらく。
俺はいつもの生活に戻っていた。
石鹸は俺が何もしなくても回っている。
鞄も同じ。
カイルとは次にどこへ行くか相談しながら、ノルンで使った共同資金のことも整理した。
そんなある日。
「レイン!」
家にいると、外から父さんの声がした。
「何?」
「ハンスのところから人が来てるぞ。お前の荷物だってよ」
「来た?」
思わず立ち上がる。
外へ出ると、荷車に見覚えのある形が載っていた。
布で覆われているけど、分かる。
「思ったより早かったな」
父さんが荷物を見る。
「何買ったんだ?」
「まだ見ないで」
「なんでだよ」
「いいから」
運んできた人に話を聞くと、ノルンから戻る荷に余裕があったらしい。
もちろん運び賃は別にかかった。
俺の自由に使える金は、さらに少し減った。
でも今は気にならない。
「これ、どこに置く?」
「工房」
「俺の?」
「うん」
父さんが怪訝そうな顔をする。
「俺の工房に置く物なのか?」
「そう」
「何なんだよ」
「見れば分かる」
父さんと一緒に荷物を運ぶ。
台。
足踏みの仕組み。
刃の部分。
ノルンで見た物と同じだ。
細かいところを見ると、少しだけ仕上がりが良くなっている気もする。
「勝手に変えてないよな……?」
少し心配になった。
ネイルたちならやりかねない。
でも、見た限りでは注文した物から大きく変わってはいない。
「レイン」
「ん?」
「そろそろ教えろ」
父さんが腕を組んでいる。
「分かった」
ここまで運んだんだから、もう隠す必要もない。
俺は布を外した。
「父さん」
「なんだ?」
「これ、使ってみてよ」
「……俺が?」
「うん」
父さんは道具を見る。
俺を見る。
もう一度、道具を見る。
「これ、お前がノルンで作ったって言ってたやつか?」
「そう」
「なんでここにある?」
「父さんにあげようと思って」
父さんの動きが止まった。
「俺に?」
「うん」
「これを?」
「そう」
思っていたより驚いている。
ちょっと面白い。
「とりあえず使ってみようよ」
「いや、待て」
「何?」
「お前、こんなの急に持ってきて……」
「いいから」
値段の話をされる前に押し切る。
いくらしたかは、言わない。
父さんが知らないなら、それでいい。
「ほら、使い方教えるから」
「お前なあ……」
文句を言いながらも、父さんは道具の前へ座った。
よし。
まずは使ってもらおう。
話はそれからだ。




