留守でも、ちゃんと売れてました
ノルンを出て、数日。
見慣れたリーネの門が見えてきた。
「帰ってきたなあ」
「レインはね」
隣を歩くカイルが言う。
「あ、そっか」
「俺はこのあとラグナまで帰るから」
ノルンから戻ってきたとはいえ、カイルの家はここじゃない。リーネにいる間はトーマの家の宿に泊まっているだけだ。
「今日は泊まってく?」
「そのつもり。さすがにこのままラグナまで行くのは疲れる」
「じゃあトーマんとこだね」
「うん」
門をくぐる。
しばらく離れていただけなのに、妙に懐かしく感じた。
◇ ◇ ◇
「ただいま」
家の扉を開けると、母さんが奥から出てきた。
「おかえり、レイン」
「ただいま」
「カイル君も一緒なのね」
「お邪魔します」
「今日は泊まっていくの?」
「トーマの家の宿に泊まります」
「あら、そうなの」
母さんは少し残念そうにしながらも、俺たちの荷物を見た。
「ずいぶん長かったわね。どうだった?」
「面白かったよ」
「何か売ってきたの?」
「今回は作ってきた」
「何を?」
「木を切る道具」
母さんの顔が止まった。
「……ノルンって、そういう物を作りに行ったの?」
「違うよ。最初は見るだけだった」
「途中から68リル使ったけどね」
カイルが余計なことを言う。
「68リル?」
「共同の仕事用だから!」
「そういう問題かしら」
帰って早々、母さんの視線が痛い。
「ちゃんと売れたよ。一台」
「なら、よかった……のかしら?」
「まだ58リル分戻ってないけど」
「カイル、ちょっと黙ってて」
「事実でしょ」
相棒を連れて帰ってきたはずなのに、母さん側の人間が一人増えた気がする。
◇ ◇ ◇
父さんが工房から戻ってきたのは、その少しあとだった。
「帰ったか」
「ただいま」
「どうだった?」
「面白かった」
「それは聞いたわ」
母さんが横から言う。
「68リル使ったんですって」
「もう言ったの?」
「お前が言ったんだろ」
父さんが笑う。
「何に使ったんだ?」
「木工の道具を作ったんだよ」
「お前が?」
「俺だけじゃない。向こうの木工職人と、鍛冶職人と、仕組みに詳しい職人」
最初は同じ長さを毎回測るのが面倒そうだと思ったこと。
そこから位置を決める道具を作ったこと。
その場で切れないかと考えて、丸い刃を作ったこと。
最後には足で回しながら、一人で同じ長さの木材を続けて切れるようになったこと。
全部話すと、父さんの表情が少し変わった。
「足で刃を回すのか?」
「そう」
「手は空く?」
「空くよ」
「同じ長さってのは?」
「最初に位置を決めれば、次から測らなくていい」
「へえ」
食いついた。
やっぱり。
「何その顔」
「別に」
「また何か考えてるだろ」
「考えてないよ」
まだ言わない。
父さんに一台贈るかどうかは、まず自分の金を確認してからだ。
「今度、見せたい物あるから」
「今持ってないのか?」
「ない」
「じゃあ何で言ったんだ」
「楽しみにしといて」
「よく分からんな」
それでいい。
◇ ◇ ◇
翌日。
俺はまずハンスの店へ向かった。
カイルはラグナへ戻る前にトーマと少し話していくらしく、今日は別行動だ。
「お、帰ってきたか」
「ただいま」
「ノルンはどうだった?」
「68リル使いました」
「何をしてきたんだ、お前は」
「ちゃんと一台売れたから」
「なら、その話はあとで聞こう」
ハンスは笑いながら、店の奥へ入っていった。
戻ってきた手には、小さな帳面がある。
「ちょうどいい。お前の分が貯まってる」
「石鹸?」
「ああ」
俺が町を離れている間も、セラが作ってハンスへ納める流れは変わっていなかった。
俺が注文を取りに来る必要もない。
材料を買いに走る必要もない。
それでも石鹸は店に並び、売れていた。
「今回は六十個だ」
「六十個?」
「何回かに分けて入ってる。お前の取り分は90リル」
「……俺、何もしてないよ?」
「そういう形にしたのはお前だろ」
確かに。
でも、実際に金を渡されると不思議な感じがする。
六十個売れて、俺の取り分が90リル。
ノルンで何日も試作して、今のところ戻ってきたのは10リル。
「石鹸ってすごくない?」
「今さら何言ってるんだ」
そうなんだけど。
自分がいない間にも売れていたというのが、思った以上に嬉しかった。
◇ ◇ ◇
次に向かったのは、ダリオの工房だった。
「レインじゃねえか!」
「久しぶり」
「どこ行ってた?」
「ノルン」
「また町の外か。忙しいな」
ダリオは相変わらず元気だった。
「そういえば、鞄どう?」
「売れてるぞ」
「本当?」
「ああ。旅用が中心だな。前に直した形も評判悪くない」
工房の奥には、作りかけの鞄がいくつか並んでいる。
もう俺が横について形を説明する必要はない。
「お前の分も取ってある」
「どれくらい?」
「今回は八個分だな」
ダリオが帳面を確認する。
「一個につきお前の取り分が4リル。だから32リルだ」
「32リル」
石鹸と合わせれば122リル。
俺がいない間に、だ。
「……いいね」
「何がだ?」
「いや、何でもない」
かなりいい。
自分で毎日売らなくても、作らなくても、仕組みが残っていれば金が入ってくる。
昔は全部自分で作って、自分で持っていって、自分で売っていた。
それが今は、町を離れている間にも続いている。
「また何か作るのか?」
ダリオが聞く。
「今はいいかな」
「珍しいな」
「ノルンで作ってきたばっかりだから」
「何を?」
「木を切る道具」
「なんで鞄作ってた奴が木を切る道具作ってんだ?」
「俺もよく分かんない」
本当に何屋なんだろう。
◇ ◇ ◇
家へ戻るころには、手元に122リル増えていた。
もちろん、全部が自由に使える金というわけじゃない。
どこへ入れるか決めないといけない。
貯金に入れる分。
仕事用に残す分。
自由に使う分。
それとは別に、カイルとの共同資金も整理する必要がある。
「……久しぶりにやるか」
部屋に戻り、金を分けている袋を引っ張り出す。
最後にちゃんと数えたとき、いくらだったっけ。
たしか貯金は5,000リルを超えていた。
仕事用もそれなりにあった。
自由に使う金は――。
「……あれ?」
少なかった気がする。
嫌な予感がする。
父さんにあげたい道具は120リル。
今日受け取った金は122リル。
「いやいや、まだ分けてないから」
全部使えるわけじゃない。
分かってる。
まず数えよう。
話はそれからだ。
俺は四つの金を、もう一度きちんと整理することにした。




