父さんにも、使ってほしいな
ノルンを出る日を決めた翌朝。
俺とカイルは、最後にネイルの工房へ顔を出していた。
一台目は無事に売れたし、次に注文が入っても三人だけで作れる。俺たちが残ってやることは、もうほとんどない。
「本当に行くのか?」
ローディが聞く。
「行くよ。最初から旅するつもりだったし」
「次はどこだ?」
「まだ決めてない」
「なんだそれ」
「一回リーネに帰るんだよ」
ずっと町から町へ移動し続けるわけじゃない。
今回やったことも整理したいし、家にも顔を出したい。それに、リーネで続いている仕事がどうなっているのかも確認しておきたかった。
「次に来るときは、もう少し面白い物持ってこい」
ネイルが言う。
「これでも結構面白かったでしょ?」
「最初はただの物差しみたいな物だったからな」
「そこからあれになったんだからいいじゃん」
「次もそうなるとは限らん」
「厳しいなあ」
「つまらん物なら作らんぞ」
「分かってるって」
でも、次に来ること自体は当たり前みたいに言われた。
それが少し嬉しかった。
「注文が入ったら、俺たちの10リルもよろしくね」
「まだ次の注文はないぞ」
「これから入るかもしれないじゃん」
「入ったら残しておく」
それで十分だ。
◇ ◇ ◇
話しながら、俺は工房の隅に置かれた試作品を見る。
最初に作った一台だ。
売った物とは細かいところが違うけど、同じ長さの木材を続けて切るという目的はちゃんと果たせる。
「……これ、父さん好きそうだな」
「父さん?」
カイルが聞く。
「うん。家具作ってるって話したでしょ」
「ああ」
「こういうのあったら使うと思うんだよね」
父さんの工房を思い出す。
木を測って、印をつけて、切る。
もちろん父さんは慣れているから、それで困っているようには見えなかった。でも、同じ長さの部材を何本も作ることはある。
「一台持って帰ろうかな」
俺が言うと、カイルがこっちを見る。
「持って帰るって?」
「父さんにあげる」
「買うの?」
「うん」
「120リルだよ」
「知ってるよ」
父さんには、今まで散々世話になっている。
子供の頃から何か作りたいと言えば相談に乗ってくれたし、俺が変なことを始めても頭ごなしに止めたりしなかった。
成人もした。
少しくらい高い物を贈ってもいいだろう。
「……あ」
「何?」
大事なことを思い出した。
「俺、今そんなに個人の金持ってない」
「だと思った」
「なんで先に言ってくれないの?」
「自分の財布くらい自分で覚えててよ」
正論だった。
◇ ◇ ◇
今回の旅で使う金は、俺とカイルの共同資金として分けて持ってきている。
もちろん個人的に使う金も少しは持っているけど、120リルの買い物をするつもりで来たわけじゃない。
「共同資金から――」
そこまで言って、やめた。
違う。
これは俺が父さんにあげたい物だ。
商売のために必要な物じゃない。
「……いや、駄目だな」
「何が?」
「共同資金から出すのは違う」
「うん」
カイルもすぐに頷いた。
「父さんへの贈り物なら、レインの金で買う物でしょ」
「だよね」
だったら、帰ってからだ。
リーネには貯金も仕事用の金も、自由に使うための金も置いてある。
石鹸や鞄も、俺がいない間に売れているはずだ。
「そういえば、帰ったらいくら増えてるんだろ」
「知らないの?」
「しばらく確認してない」
「それ大丈夫?」
「勝手に使われたりはしないよ」
「そういう話じゃなくて」
分かってる。
俺も少し気になってきた。
最後にちゃんと数えたのは、成人するより前だったはずだ。
「帰ったら一回、全部確認するか」
「それがいいと思う」
貯金。
仕事用。
自由に使う金。
それに今は、カイルとの共同資金もある。
増えた物もあれば、減った物もある。
ノルンでは試作だけで68リル使った。
そろそろ一度、整理した方がよさそうだ。
◇ ◇ ◇
「何の話してる?」
ローディが寄ってきた。
「これ、父さんにあげようかなって」
「持っていけばいいだろ」
「買う金持ってきてない」
「じゃあ貸すか?」
「それはもっと駄目」
なんで初対面からそんなに経ってない人に120リル借りなきゃいけないんだ。
「帰ってから注文するよ」
「わざわざ?」
「うん」
俺はネイルを見る。
「あとで一台頼んだら、作ってくれる?」
「金払うならな」
「友達価格とかは?」
「120リル」
「即答じゃん」
「材料も仕事も減らんからな」
ごもっともです。
「父さんへの贈り物なら、ちゃんと払え」
バルドまで言ってくる。
「分かってるよ」
「値切ろうとしただろ」
「聞いただけ」
ほんの少しだけ期待したけど。
「じゃあ、帰って金を確認して、それでも欲しかったら頼む」
「そうしろ」
カイルが言う。
「それでもって何? もう欲しいんだけど」
「金を見てから考えるって今言ったでしょ」
「父さんにあげるんだからいいじゃん」
「駄目とは言ってないよ」
カイルは少し笑った。
「自分の金なら好きにすれば?」
「じゃあ買う」
「まだ金確認してない」
面倒くさいな。
でも、こういうやり取りにもだいぶ慣れてきた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
俺とカイルは荷物を持って、ノルンの門へ向かった。
三人とは昨日のうちに挨拶を済ませてある。
また来る。
そう言って別れた。
「結局、何しに来たんだろうね」
俺が歩きながら言う。
「知らない町を見るため」
「最初はそうだったね」
「結果、道具一個作って68リル使って、10リル戻ってきた」
「数字だけ聞くと失敗みたいじゃない?」
「今のところ58リル減ってるからね」
「でも、まだ売れるかもしれない」
「そうだね」
それに、ネイル、バルド、ローディとも知り合えた。
俺が思いついた物を、実際に形にしてくれる職人たち。
ただし、つまらないと思われたら作ってもらえないらしい。
「次は何持っていこうかな」
「もう次に持っていく物考えてるの?」
「ネイルが面白い物持ってこいって言うから」
「今から考える必要ないでしょ」
「思いついたときでいいか」
「それより帰ったら金の確認」
「分かってるって」
石鹸はどれくらい売れたのか。
鞄はどうなっているのか。
俺が町を離れている間にも、ちゃんと金は入っているのか。
考えてみれば、自分がいなくても仕事が回るようにしてきたのは、そのためだった。
「増えてるといいなあ」
「使ってなければね」
「俺、リーネにいなかったんだから使えないじゃん」
「帰った瞬間120リル使おうとしてるけど」
「父さんへの贈り物だから」
「はいはい」
これは浪費じゃない。
親孝行だ。
……たぶん。
まずはリーネへ帰ろう。
父さんへの一台を買えるかどうかは、そのあと財布を開いてから考えることにした。




