最初の一台、注文入りました
あれから三日。
俺たちは、例の道具を工房に置いたままにしていた。
実際の仕事で使ってもらわないと、本当に便利なのか分からない。ネイルたちも様子を見に行きたがっていたけど、毎日顔を出したら邪魔なので、三日だけ待つことにした。
「そろそろいいよね?」
「三日って決めたからね」
カイルと一緒に工房へ向かう。
途中でネイルたちとも合流した。
「どうだったと思う?」
「知らん」
「壊れてないかな」
「壊れてたら直す」
ローディは平然としている。
「刃は?」
「欠けてたら作り直す」
バルドも同じだった。
売れるかどうかより、自分たちの作った部分の方が気になっているらしい。
◇ ◇ ◇
工房へ着くと、道具は奥の作業場に置かれていた。
「来たか」
「どうでした?」
「使ったぞ」
職人が台を軽く叩く。
「最初は足と手を一緒に動かすのが面倒だった。でも二日目には慣れた」
「切る方は?」
「問題ない。同じ長さを何本も作る仕事には楽だな」
よし。
「刃は?」
バルドが聞く。
「そっちかよ」
思わず言ってしまった。
「当たり前だろ」
「切り口は悪くない。昨日から少し引っかかる感じはあるが」
「見せろ」
もう客との話を放り出して、バルドが刃を確認し始める。
「台は?」
ネイルまで続いた。
「少し揺れる」
「どこだ?」
「こっちの端だな」
「踏み板は?」
ローディまで加わる。
「お前もか」
三人とも同じだった。
俺はカイルを見る。
「俺たちが商売の話した方がよさそうだね」
「最初からそのつもり」
どうやら役割分担は自然に決まったらしい。
◇ ◇ ◇
「それで」
俺は改めて職人へ向き直った。
「三日使ってみて、どうします?」
「ああ」
職人は少しだけ考えてから、道具を見た。
「一台頼みたい」
「……本当に?」
「なんでお前が驚くんだ」
「いや、だって初めて売れたから」
まだ売れてはいない。
注文が入っただけだ。
でも、これは大きい。
「値段は、この前のままでいいんだな?」
「はい。120リルです」
決して安い道具ではない。
俺の感覚なら、だいたい12,000円くらいだ。
普通のノコギリで仕事ができる人にとっては、わざわざ払う必要のない金額だろう。
でも、同じ長さの木材を何本も切る工房なら話は違う。
「120リルで頼む」
「ありがとうございます!」
つい大きな声が出た。
後ろを見る。
「注文入ったよ!」
「ああ」
ネイルは台の下を見ている。
「聞いてた?」
「聞いてる」
バルドは刃を見ている。
「120リルだよ?」
「知ってる」
ローディは踏み板を動かしている。
「もうちょっと喜ばない?」
「注文入ったなら作るだけだろ」
職人ってこういうものなんだろうか。
◇ ◇ ◇
工房を出たあと、五人で改めて金の話をすることになった。
「120リル入る」
カイルが地面に数字を書いていく。
「ここから材料代と三人の仕事代。それと、俺たちの取り分」
「一台につき10リルだったよね」
「そう」
俺たちが最初に考えていた形では、一台売れるごとに10リルを俺とカイル側の取り分にする。
残りの110リルから材料代を出し、ネイル、バルド、ローディがそれぞれ担当した仕事の分を受け取る。
「10リルかあ」
数字だけ見れば悪くない。
一台売れるたびに、俺たちの共同資金へ10リルが入る。
「これ、十台売れたら100リルじゃん」
「売れればね」
「いい商売になりそうじゃない?」
「レイン」
「何?」
「試作にいくら使ったか覚えてる?」
嫌な質問が来た。
「……それ、今いる?」
「いる」
「売れたんだから、今日は喜ぶ日じゃない?」
「68リル」
逃げられなかった。
今回、この道具を作るために共同資金から使った金は、全部で68リル。
最初の測るための道具。
丸い刃。
軸や回転の仕組み。
作り直した部品。
足踏みの仕組み。
途中からネイルたちが自分で試したいと言って負担した分もあるけど、俺たちが商売として出した金だけでも、それだけ使っている。
「一台売れたら10リル入る」
「うん」
「でも試作で68リル使ってる」
「……うん」
「一台目が売れても、まだ58リル戻ってない」
「言い方が悲しくない?」
「事実だから」
カイルは容赦がない。
俺は地面に書かれた数字を見る。
68リル使った。
一台につき10リル戻る。
二台で20リル。
三台で30リル。
「……七台売れないと、試作に使った分すら戻らない?」
「そういうこと」
「一台売れたのに、まだ赤字なの?」
「むしろ今まで一台も売れてなかったのに、なんで黒字だと思ったの?」
確かに。
俺は何も言えなくなった。
「でも七台ならいけそうじゃない?」
「それを確認するのはこれから」
「夢がないなあ」
「金の話してるんだから現実見て」
正論が痛い。
◇ ◇ ◇
「10リルでいいのか?」
ネイルが聞いた。
「俺たちは作らないからね」
「でも元はお前の案だぞ」
「その代わり、俺たちがいなくても売れるたびに入ってくる」
俺が答えると、カイルも頷いた。
「試作に使った68リルを回収できたら、そこから先はちゃんと利益になる。長く売れるなら、その方がいいと思う」
それに、今回の道具はもう俺一人の発明とは言いにくい。
測る手間を減らしたいと言い出したのは俺だ。
丸い刃を考えたのも俺。
でも、それを実際に回せる形にしたのはローディで、まともな刃にしたのはバルド、仕事で使える台にしたのはネイルだ。
三人がいなければ絶対に完成していない。
「じゃあ最初の10リルは、二人の商売用の金に戻す?」
「うん」
「やっと少し戻ってくるなあ」
「68リル使って10リルだからね」
「それもう聞いたよ」
「忘れそうだから」
忘れない。
たぶん。
◇ ◇ ◇
「問題は、次からだね」
カイルが言った。
「俺たち、ずっとノルンにいるわけじゃない」
「そうだね」
「注文入るたびに戻ってくるの?」
「それは面倒だなあ」
三人を見る。
「俺たちがいなくてもできる?」
「作るだけならな」
ネイルが答えた。
「じゃあ注文は?」
「俺のところで受けてもいい」
「ネイルが?」
「木工職人が使う道具だ。話も来やすいだろ」
確かに一番自然だ。
注文を受けたネイルが、バルドとローディへ必要な部品を頼む。
三人で一台を仕上げる。
客へ渡して代金を受け取る。
「俺たちの10リルは?」
「来たときにまとめて渡せばいいだろ」
バルドが言う。
「それでいいの?」
「一台売れるたびにお前ら探し回る方が面倒だ」
「それはそうか」
何台売れたかだけ残しておいてもらえばいい。
次にノルンへ来たときに受け取る。
今後、町を行き来する商人に頼めるようになれば、知らせだけ先に受け取る方法もあるかもしれない。
でも、今すぐそこまで決める必要はない。
「じゃあ、これで俺たちがいなくても回る?」
「注文が来ればな」
ネイルが言う。
「そこ大事だね」
「勝手に売れるわけじゃないからな」
分かっている。
でも、それでいい。
俺とカイルがずっと売り歩かなくても、欲しい人が現れれば三人が作れる。
俺たちは次へ行ける。
◇ ◇ ◇
「じゃあ一台目、作るか」
話が終わると、ネイルが立ち上がった。
「台は少し揺れないように直す」
「刃も今のまま渡す気はない」
バルドも立つ。
「踏み板も少し変える」
ローディまで続く。
「待って」
カイルが三人を止めた。
「注文された物と別物にしないでよ」
「良くするだけだ」
「その言葉が一番怖いんだって」
「使いにくくはしない」
「高くもしない?」
三人が黙った。
「ほら」
カイルがため息をつく。
俺は笑いながら、そのやり取りを眺めた。
知らない町へ来て、職人が木を測っているところを見た。
ただそれだけだった。
それが今では三人の知り合いができて、新しい道具が一つ生まれて、120リルの注文まで入った。
もっとも、俺たちはまだ58リル分の赤字だけど。
「知らない町に来るの、やっぱ面白いな」
「それは同意する」
カイルが言う。
「じゃあ、そろそろ次も考える?」
「一台目がちゃんと客に渡ってからね」
「はいはい」
どうやらノルンでやることも、あと少しになりそうだ。
次の町では何が見つかるんだろう。
そう考えた時点で、もう少し楽しみになっていた。




