手が足りないなら、足を使う?
翌朝。
俺とカイルがネイルの工房へ行くと、ローディはもう来ていた。
しかも、昨日まで使っていた取っ手の前に座り込み、何やら木の棒を当てている。
「おはよう」
「ああ」
「何してるの?」
「昨日の続き」
やっぱり考えてたのか。
「足で回すってやつ?」
「そうだ」
ローディは立ち上がると、取っ手を指した。
「こいつを手で回すから、一人取られる。なら、手以外で回せばいい」
「それで足?」
「足なら木を扱うときに邪魔にならんだろ」
考え方は単純だ。
でも、それをどうやって回転につなげるのかが分からない。
「足で取っ手を回すの?」
「そんな使いにくいことするか」
「じゃあどうするの?」
「今考えてる」
まだそこだった。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、ネイルも作業に加わった。
ローディが考えているのは、足元に踏むための板を置き、その動きを棒で別の部分へ伝える仕組みらしい。
「踏んだら下がるよね?」
「ああ」
「戻すときは?」
「そこなんだよ」
ローディが踏み板を手で動かす。
下げる。
戻す。
また下げる。
「この動きを、そのまま軸につなげても回ったり戻ったりするだけだ」
「それじゃ刃も逆に回る?」
「そうなる」
丸い刃は一方向へ回り続けてほしい。
足は上下に動く。
その違いをどうするか。
「丸い物を間に入れたら?」
俺が言う。
「丸い物?」
「車輪みたいなやつ」
前世の足踏みミシンをぼんやり思い出す。
足元を踏むと、大きな車輪が回っていた気がする。
ただ、どうつながっていたのかまでは覚えていない。
「踏むところと車輪を棒でつないで……こう、ぐるぐる回せない?」
「どこにつなぐ?」
「……それは分からない」
「肝心なところだろ」
「見たことはあるんだって」
「またそれか」
カイルに呆れられた。
でもローディは笑わなかった。
「いや」
床にしゃがみ込む。
棒を一本置き、その先に木の円盤を置いた。
「端じゃなくて……少しずらしてつなぐのか?」
「分かるの?」
「今考えてるって言ってるだろ」
楽しそうだな、この人。
◇ ◇ ◇
昼前には、ひどく簡単な試作品ができていた。
足元に踏み板。
そこから伸びた棒。
その先に大きめの木の車輪。
まだ丸い刃にはつながっていない。
「まずこれが回るか試す」
ローディが椅子に座り、踏み板へ足を置いた。
「いくぞ」
踏む。
棒が動く。
車輪が少し回る。
足を戻す。
車輪も戻りかけた。
「駄目じゃん」
「黙ってろ」
「はい」
ローディが棒のつながっている位置を変える。
もう一度踏む。
今度は少し違った。
車輪が回り、その勢いが残っているうちに踏み板が戻る。
「お?」
もう一度。
踏む。
戻す。
踏む。
「回ってる!」
ぎこちない。
何度か途中で止まる。
それでも、さっきまで往復するだけだった木の車輪が、一方向へ回り始めた。
「これだ」
ローディが笑った。
「まだ安定してないけど」
「安定させればいい」
「簡単に言うね」
「できるって分かったからな」
あ。
この顔、知ってる。
丸い刃で初めて木が切れたあとの顔だ。
「また始まったな」
カイルも気づいたらしい。
◇ ◇ ◇
「大きくした方がいいかもしれん」
ローディは車輪を回しながら言った。
「なんで?」
「こいつが回り続けてくれれば、足を戻す間も止まりにくい」
「重くならない?」
「最初はな。ただ、一度回れば――」
そこから先は、もう俺に説明している感じではなかった。
車輪を触り、棒を見る。
踏み板を踏んでは位置を変える。
完全に自分の世界へ入っている。
「何やってる?」
遅れてやってきたバルドが聞いた。
「足で刃を回す」
「なんで?」
「一人で使うためだ」
「回るのか?」
「今から回す」
「まだ回ってないのか」
「うるせえ」
バルドもしゃがみ込んだ。
「これが刃につながるのか?」
「ああ」
「なら回転が安定しないと困るぞ」
「分かってる」
「刃が途中で止まったら――」
「分かってるって言ってるだろ」
また増えた。
「ネイルは?」
俺が聞く。
「台を見てる」
カイルが工房の奥を指した。
見ると、ネイルは一人で昨日の台を測っている。
「何してるの?」
「一人で使うなら、踏み板を置く場所がいるだろ」
「もう台変えるつもりなの?」
「必要になるならな」
駄目だ。
全員やる気だ。
◇ ◇ ◇
その日の午後。
足踏みの仕組みは、まだ丸い刃を回すところまではいかなかった。
でも、大きめの木の車輪を一方向へ回し続けるところまではできた。
足を一定の調子で動かせば、車輪も回り続ける。
「これを軸につなげる」
ローディが言う。
「それで刃まで回せたら?」
「次は木を当てる」
「切れたら?」
「もっと良くする」
「終わる気ある?」
「なんで?」
真顔で返された。
この人に完成を聞いた俺が悪かった。
「でも、これなら両手が空くね」
俺は実際に踏み板へ足を置いてみる。
座ったまま足を動かす。
両手は何もしていない。
「この手で木を押さえて、動かせる」
「そういうことだ」
一人で回して、一人で切る。
その二人を一人にできるかもしれない。
昨日までは、それだけの話だった。
でも。
「これ、他にも使えない?」
俺が言うと、ローディの動きが止まった。
カイルも止まった。
「何に?」
「いや、だってさ。足で踏んで、何かを回せるんでしょ?」
刃じゃなくてもいい。
何かを削る。
穴を開ける。
混ぜる。
回転を使う道具なら、他にもありそうだ。
「……レイン」
カイルが低い声で呼ぶ。
「まだ何も作るって言ってないよ」
「今はな」
ローディを見る。
まずい。
さっきまで丸い刃を見ていた男が、今は足元の仕組みそのものを見ている。
「他にも使えるな」
「ですよね?」
「お前ら」
カイルが俺とローディの間に入った。
「まず丸い刃を完成させろ」
「はい」
「分かった」
俺たちは素直に返事をした。
でもたぶん。
今、二人とも別のことも考えている。




