回ったけど、切れない?
それから二日後。
俺たちは、回す仕組みを作ってくれた職人の工房に集まっていた。
机の上にあるのは、小さな丸い刃と、それを取り付けた軸。軸の反対側には手で回すための取っ手がついている。
「……それっぽい」
「何が?」
「俺が想像してたやつ」
「まだ回るだけだぞ」
カイルの言う通り、台もなければ長さを決める仕組みもない。
今から確かめるのは一つだけ。
本当に、この刃で木が切れるのか。
「まず何も当てずに回してみろ」
職人に言われ、取っ手を握る。
ゆっくり回すと、軸の先についた丸い刃も一緒に回り始めた。
「おお」
「もっと回していいぞ」
少しずつ速くする。
取っ手を回すたび、刃の回転も速くなっていく。
多少の揺れはあるものの、見ていて怖くなるほどではない。
「ちゃんと回るじゃん」
「回すだけならな」
問題はここからだ。
◇ ◇ ◇
木工職人が持ってきた細い木材を固定する。
念のため、刃の正面には誰も立たない。
「手は近づけるなよ」
「分かってます」
「無理に押すな。おかしいと思ったら止めろ」
「はい」
こういう注意は素直に聞く。
俺だって指を賭けてまで試したいわけじゃない。
「じゃあ回すぞ」
取っ手を回す。
刃が勢いよく回り始める。
木工職人が慎重に木材を近づけ――。
刃が触れた。
「うわ、重っ!」
急に取っ手が重くなった。
さっきまで軽く回っていたのに、木へ触れた途端に回転が落ちる。
「止めるな。無理のない範囲で回せ」
「分かってるけど……!」
回す。
木材に少し傷が入る。
さらに回す。
傷がほんの少し深くなる。
「…………」
「…………」
誰も何も言わない。
しばらく続けたところで、職人が木材を離した。
「もういい」
「切れた?」
「見れば分かるだろ」
切れていない。
表面に溝ができただけだった。
「……ノコギリの方が早いね」
カイルが言う。
「今それ言う?」
「事実だろ」
「そうだけど」
期待していただけに、ちょっと悲しい。
◇ ◇ ◇
「刃が駄目?」
俺が聞くと、鍛冶職人が木材についた溝を見る。
「刃は食い込んでる」
「じゃあ、もっと鋭くすれば?」
「それだけじゃないだろうな」
今度は回転する仕組みを作った職人が軸を手で動かした。
「木に当たった瞬間、回転が落ちすぎる」
「やっぱり?」
「今のままじゃ、回す側がきつい」
それは身をもって分かった。
「もっと力を強くしたら?」
「どうやって?」
カイルに聞かれる。
「……そこは職人さんに」
「俺任せか」
職人が笑う。
「だって俺、こういう仕組み詳しくないですし」
「それは正直でいい」
知ったふりをしても仕方ない。
俺が覚えているのは、前世で見た丸い刃がものすごい勢いで回っていたことくらいだ。
「もっと速かったんだよな……」
「何が?」
「前に見たやつ」
俺は回転の止まった刃を見る。
「これよりずっと速く回ってた気がする」
「速く回すだけなら、やりようはある」
職人が言った。
「本当ですか?」
「歯車を使えば、取っ手を一回回したときに、こっちをもっと回すことはできる」
「それだ!」
「最後まで聞け」
また止められた。
「速くすれば、その分だけ回すのが重くなる。木へ当てればもっとだ」
「じゃあ駄目?」
「駄目とは言ってない。やってみないと分からん」
その言葉、好きだな。
「レイン」
「まだ何も言ってないよ」
「顔がもう試したそうなんだよ」
否定はできない。
◇ ◇ ◇
その場で次を作り始めることはしなかった。
昨日決めた上限は、最初の試験まで。
木が切れなかった以上、ここから先に進むなら改めて考える約束になっている。
「まず失敗した理由を整理しよう」
カイルが言う。
「失敗って言うなよ。ちょっと切れたじゃん」
「切れてない。傷がついた」
「第一歩です」
「はいはい」
職人たちにも聞きながら、分かったことを書いていく。
刃自体は木に食い込んでいる。
軸も回る。
ただ、木に当てると回転が大きく落ちる。
今より速く回す方法はあるが、その分だけ手で回すのは大変になる。
「一人で全部やる必要ある?」
木工職人がふと言った。
「どういうことです?」
「今はお前が回して、俺が木を当てただろ」
「あ」
「最初から二人で使う道具にすればいいんじゃないか?」
一人が回す。
もう一人が木材を送る。
完成形としては少し不便かもしれない。
でも、最初から一人で使える物にこだわる必要もない。
「それなら、回す人は回すことだけ考えられる」
「もっと大きい取っ手も使えるかもしれんな」
回転の職人も乗ってくる。
「歯車も試せる」
「ちょっと待って」
俺は慌てて止めた。
三人が俺を見る。
「今日はここまで」
「お前から言うのか?」
カイルが笑った。
「言うよ。約束したし」
続きはやりたい。
かなりやりたい。
でも、一度止まって考える。
何を変えればいいのか。
いくらかかるのか。
それで本当に、今度は木を切れそうなのか。
丸い刃は回った。
木にも食い込んだ。
だったら、完全な失敗ではない。
少なくとも俺には――次に金を使いたくなる程度には、十分な結果だった。




