いくらまでなら、試せる?
丸い刃を作れるかもしれない。
回す仕組みも作れるかもしれない。
昨日までに分かったのは、そこまでだった。問題は、それを全部合わせたらいくらかかるのか。そして、そこまで金をかけて試す価値があるのかだ。
「まず、木工の人から行こう」
「鍛冶屋じゃなくて?」
「作る前に、欲しいか聞く」
カイルがそう言った。
昨日までなら、俺はたぶん先に値段を聞きに行っていた。でも今回は、作れたとしても使う人がいなければ意味がない。
「なんか商売っぽいね」
「商売しに来たんだろ」
「そうでした」
「忘れるなよ」
危ないところだった。
◇ ◇ ◇
最初の工房では、昨日作った測るための道具がもう使われていた。
「どうです?」
「ああ、これは悪くない」
職人は木材を端に当て、位置を合わせた目印を使って次々と印をつけていく。
「毎回測らなくていいのは楽だな。ただ、細かい仕事じゃ今まで通り測るぞ」
「全部これに変える必要はないですからね」
同じ長さの物を何本も作るときだけ使う。
それで十分だ。
「それで昨日の話なんですけど」
「丸い刃か」
「もし本当に、長さを決めた木をその場で切れる道具ができたら使いたいです?」
職人の返事はすぐには返ってこなかった。
作業台を見る。
昨日の道具を見る。
それから、普段使っているノコギリへ視線を移した。
「楽にはなるだろうな」
「じゃあ――」
「高ければいらん」
早い。
「どれくらいなら?」
「それは物を見ないと何とも言えん」
「ですよね」
「一日に何十本も同じ物を切る仕事なら欲しい。数本だけならノコギリで十分だ」
なるほど。
誰にでも売れる道具じゃない。
でも、同じ寸法の木材を何本も扱う工房なら価値が出る。
「他の工房にも聞いてみる?」
外へ出たところで俺が言うと、カイルが頷いた。
「聞こう。昨日、測る道具の話をしたところも回れるだろ」
◇ ◇ ◇
何軒か回ってみると、反応はかなり分かれた。
面白そうだと言う人もいれば、普通のノコギリで困っていないと言う人もいる。欲しいと言った職人も、値段次第という条件つきだった。
「全員に売れる物ではないな」
「でも、欲しい人はいる」
「そこは大きい」
カイルが手元の紙を見る。
「特に同じ物を何個も作るところ」
「椅子とか箱とか?」
「そういうところだな」
売れる可能性はある。
少なくとも、俺が使ってみたいだけの道具ではなくなった。
次は金だ。
◇ ◇ ◇
鍛冶屋では、小さな試作用の刃について改めて話を聞いた。
昨日より小さくすることで、最初に聞いた金額よりは抑えられる。ただし、一度で木を切れる形になる保証はない。
「刃の形を変えるなら、作り直しですか?」
「直せる範囲なら直す。無理なら作り直す」
「そのたびにお金も?」
「当たり前だ」
ですよね。
続いて、回す仕組みを扱う職人のところへ向かう。
こちらも、試すだけなら最低限の形にできるらしい。
「台まで全部作る必要はない」
職人はそう言って、簡単な絵を描いた。
「まず軸を固定して、取っ手で回せるようにする。刃ができたら先につけて、木の切れ端に当ててみればいい」
「それで切れたら?」
「そのあとで台を考えればいい」
「あ、それでいいのか」
俺は最初から、完成した道具を想像していた。
長さを決める目盛りがあって、木を固定できて、丸い刃がついている。
でも、今知りたいのはそこじゃない。
そもそも手で回した刃で木が切れるのか。
まずはそれだけ分かればいい。
「最初から全部作ろうとするから高くなるんだよ」
カイルが言う。
「俺、全部欲しかった」
「知ってる」
「完成形を見たくない?」
「見たいけど、切れなかったら全部無駄だろ」
その通りだった。
◇ ◇ ◇
三人から話を聞いて、宿へ戻る。
机の上には必要な物を書いた紙が置かれていた。
小さな丸い刃。
軸。
手で回すための最低限の仕組み。
最初の試験では、それだけ。
「これなら、最初に考えてたよりかなり減ったね」
「台を作らないからな」
「測る道具も?」
「まだ使わない」
「固定するところも?」
「木を切れるって分かってから」
どんどん削られていく。
ちょっと寂しい。
「でも、これじゃ俺が作りたかった物じゃないんだけど」
「試作品だろ?」
「そうだけどさ」
「最初から完成品作って失敗するよりいいだろ」
「それは分かってる」
カイルが、それぞれの職人から聞いた金額をまとめる。
俺も一緒に確認した。
払えないほどではない。
ただ、気軽に捨ててもいい金額でもなかった。
「二人の金から出す?」
俺が聞く。
「俺はいいと思う」
「お、珍しい」
「需要は確認した。試す物も最低限まで減らした。それなら、これは二人の商売のための実験だろ」
止められると思っていた。
だから少し意外だった。
「カイルって、もっと何でも止める人かと思ってた」
「無駄に使うのを止めてるだけ」
「同じじゃない?」
「全然違う」
カイルは紙を俺の方へ押した。
「最初はここまで。それで木が切れなかったら、一回止める」
「改良は?」
「失敗した理由を聞いてから」
「なるほど」
「先に上限を決める。それ以上使いたくなったら、もう一回二人で決める」
俺一人だったら、たぶん失敗するたびに次を試していた。
刃を変えて。
軸を変えて。
回し方を変えて。
気づいたころには、最初に考えていた金額を大きく超えていたかもしれない。
「分かった。それでいこう」
「じゃあ明日、頼みに行くか」
「うん」
ようやく試せる。
丸い刃が、本当に木を切れるのか。
楽しみではある。
かなり楽しみではあるんだけど――今回は、使っていい金額が先に決まっている。
カイルと一緒に商売を始めてから、俺の財布には見えない蓋がついた気がする。
開けられないわけじゃない。
ただ、開ける前に横から「本当に?」と聞かれる。
……たぶん、俺にはそのくらいがちょうどいい。




