そういえば、どうやって回す?
翌朝。
鍛冶屋へ向かう前に、俺とカイルは宿の食堂で昨日の話を整理していた。
小さな丸い刃なら、試しに作れるかもしれない。
昨日の鍛冶職人はそう言っていた。
「じゃあ、小さいので試してみる?」
「その前に一個いい?」
「何?」
カイルが紙に描いた丸い刃を指した。
「これ、どうやって回すの?」
「…………」
俺は紙を見る。
真ん中に穴があって、そこへ軸を通す。
そこまでは描いてある。
「手で」
「刃を?」
「違うよ。軸を」
「どうやって?」
「…………」
そこまで考えていなかった。
「危なっ」
「何が?」
「昨日、刃だけ注文するところだった」
「だから止めたんだろ」
「ありがとう」
「急に素直だな」
刃があっても、それだけではただの丸い金属だ。
回さなければ木は切れない。
しかも、ただ回ればいいわけでもない。
木材に当てても止まらないくらいの力が必要になる。
「手回しの道具なら知ってるんだけどな」
「使ったことあるの?」
「前に白いソースを混ぜるために買った」
あのとき買った手回しの道具。
取っ手を回すと軸が回り、先端につけた物まで回転する。
仕組みを一から説明しろと言われたら無理だけど、実物を使った経験はある。
「それ使えば?」
「リーネにある」
「持ってきてないのか」
「丸い刃作る予定でノルン来たわけじゃないからね」
「それもそうか」
それに、あの道具をそのまま使えるとも思えない。
白いソースを混ぜるのと、木を切るのでは必要な力が全然違うはずだ。
「でも、作れる人はいるってことだよな」
「何が?」
「手で回して、軸を回す仕組み」
俺が作れなくても、あの道具は誰かが作った物だ。
だったら、この町にも似た仕組みを扱える人がいるかもしれない。
◇ ◇ ◇
昨日の木工職人に聞いてみると、すぐに一人の職人を教えてくれた。
工具の修理や、軸を使った道具なんかを扱っているらしい。
「そんな人いるなら昨日教えてくれればよかったのに」
「昨日はお前が丸い刃の話しかしてなかっただろ」
「……確かに」
「思いつく順番が逆なんだよ」
カイルに言われながら、教えてもらった工房へ向かう。
そこは今まで見た木工や鍛冶の工房とは少し違っていた。
棚には歯のついた小さな車輪や軸、取っ手のついた道具が並んでいる。何に使うのか分からない物も多い。
「これだ」
「何が?」
「こういうの作れる人」
ちょっと楽しくなってきた。
「買うなよ」
「まだ何も見てないよ!」
◇ ◇ ◇
「手で回して、こっちの軸を回したい?」
「はい」
職人に説明すると、話自体はすぐに通じた。
「それだけなら珍しくないぞ」
「やっぱり?」
「穴を開けたり、削ったりする道具でも似た仕組みは使う」
よかった。
ここから全部新しく考える必要はなさそうだ。
「じゃあ、この先に丸い刃をつけたいんです」
「丸い刃?」
またこの反応だ。
俺は昨日から使っている紙を広げた。
「これを回して、木を切りたいんです」
「……木を?」
「はい」
職人が紙を持ち上げる。
「どれくらいの大きさだ?」
「最初は小さいので試そうかと」
「回すだけならできる」
「本当ですか?」
「ただし、それで木が切れるかは知らん」
やっぱりそこか。
「木に当てたら止まるかもしれないってことですか?」
「そうだな。何も触れてなければ回る。だが、刃を木に食い込ませれば抵抗がかかる」
「もっと速く回せば?」
「速ければ何でも切れると思うな」
「違うんですか?」
「回す力もいる」
難しい。
速さだけじゃないらしい。
「取っ手を大きくするとか?」
「方法はいくつかある。歯車を使う手もあるが、その分仕組みは増える」
「歯車……」
前世でも当然知っていた。
でも、どの大きさの歯車をどう組み合わせればいいのかなんて覚えていない。
そこは完全に俺の知識の外だ。
「そういうの、お願いできます?」
「何を作りたいか分かればな」
頼もしい。
俺が全部作れなくてもいい。
欲しい動きさえ伝えれば、仕組みを知っている人が考えてくれる。
◇ ◇ ◇
「じゃあ作れそうじゃん」
工房を出て、俺はかなり機嫌がよかった。
「まだ刃もないぞ」
「でも回す方はなんとかなりそう」
「いくらかかる?」
「…………」
「ほら」
また金だ。
いや、大事なのは分かっている。
刃を作る。
回転する仕組みを作る。
それを載せる台もいる。
昨日より必要な物が増えている。
「思ったより大きな実験になってきたね」
「だから一回全部出そう」
「何を?」
「必要な物と金」
カイルは歩きながら指を折る。
「丸い刃。軸。回す仕組み。台。木を固定するところ」
「測るところも」
「それは昨日のを使えるんじゃない?」
「ああ、そっか」
最初に作った測定用の道具。
あれを土台にすればいい。
長さを決める。
木材を置く。
固定する。
その位置で切る。
少しずつ、一つの道具になってきた。
「あと、危なくないようにしないと」
「それ大事」
「刃がむき出しで回るんだろ?」
「……怖いね」
「お前が言い出したんだぞ」
そこも考えないといけない。
便利になっても、指まで切れたら意味がない。
「今日は注文しない」
「お」
「まず三人に聞こう」
「三人?」
「木工の人と、鍛冶屋と、今の人。それぞれ何が必要で、いくらかかるか」
カイルが少し驚いた顔をした。
「ちゃんと考えてるじゃん」
「俺だって十五歳だからね」
「昨日まで刃だけ作ろうとしてたけど」
「それは昨日の俺」
「一日で成長したな」
うるさい。
でも、今度は勢いだけで作るには少し大きい。
俺一人の思いつきから始まったけど、もう俺だけでは作れない物になっている。
木を扱う人。
刃を作る人。
回す仕組みを作る人。
それぞれの知識を借りて、ようやく形になる。
なんだか、それも面白かった。
俺が知っているのは完成した姿だけ。
そこへどうやって辿り着くのかは、この世界の職人たちと考えればいい。
あとは――。
「予算だな」
「言うと思った」
結局、最後はそこだった。




