丸い刃って、作れます?
職人に教えてもらった鍛冶屋は、工房から歩いてそれほど遠くなかった。
店の奥から金属を叩く音が響いている。入口には包丁や小さな工具が並んでいて、その横には俺には用途の分からない金具もいくつか置かれていた。
「見るだけだからな」
「分かってるよ」
「相談するだけ」
「分かってるって」
「注文しない」
「何回言うんだよ」
「お前が信用できないから」
ひどい。
とはいえ、さっきまで頭の中で「作れるなら試したい」と考えていたので、強くは否定できなかった。
◇ ◇ ◇
「丸い刃?」
奥から出てきた鍛冶職人は、俺の描いた紙を見て眉を寄せた。
「はい。こんな感じで、周りに木を切るための刃をつけたいんです」
「何に使う?」
「回します」
「回す?」
俺は紙に軸を書き足した。
「真ん中に穴を開けて、ここに軸を通します。それで、この刃自体を回すんです」
「何のために?」
「木を切るためです」
鍛冶職人が黙った。
少し離れたところで、カイルも黙っている。
「普通にノコギリ使え」
「俺も最初はそう思ったんですけど」
「思ったのかよ」
カイルが口を挟む。
「同じ長さの木を何本も切るなら、決まった位置に木を置いて、回ってる刃でそのまま切れた方が早いかなって」
「……なるほどな」
鍛冶職人がもう一度紙を見る。
完全に納得した顔ではないけど、さっきよりは真面目に見てくれている。
「円い鉄板を作るだけならできる」
「お」
「最後まで聞け」
「はい」
「問題は刃だ」
鍛冶職人が紙の外周を指でなぞった。
「これ全部に刃をつけるんだろ?」
「そのつもりです」
「手で使うノコギリなら、多少形が悪くても使いながら分かる。だが、こいつは回すんだろ」
「はい」
「歪んでたらどうなる?」
「……ぶれる?」
「だろうな」
そこまでは俺にも想像できる。
高速で回る物がぶれる。
怖い。
「真ん中の穴がずれても駄目だ。厚さがばらばらでも回り方がおかしくなるかもしれん。そもそも、どんな刃にすれば木へ食い込むのかも試さないと分からん」
「結構難しい?」
「簡単だと思ってたのか?」
「ちょっとだけ」
「お前なあ」
カイルに呆れられた。
◇ ◇ ◇
「でも、作れないわけじゃない?」
俺が聞くと、鍛冶職人は少し考えた。
「やったことがないから分からん」
「試すなら?」
「大きいのをいきなり作るのは嫌だな」
「じゃあ小さいのは?」
「話を進めるな」
カイルが横から止める。
「まだ値段聞いてないだろ」
「あ、そうだった」
危ない。
もう作る前提になっていた。
「もし試しに小さいのを一枚作ってもらうなら、どれくらいかかります?」
鍛冶職人が大体の金額を口にした。
「…………」
思っていたより高い。
「高くない?」
「普通の刃物じゃないからな。形から考えるんだぞ」
「もう少し安く――」
「レイン」
「聞いただけだよ」
「今、値切ろうとしただろ」
「相談だって」
カイルが俺の前に腕を出した。
買うなという意味らしい。
まだ買ってない。
◇ ◇ ◇
店の外へ出る。
「どうする?」
カイルに聞かれて、俺は少し考えた。
「作りたい」
「即答かよ」
「だって気になるじゃん」
「気になるだけで二人の金使うの?」
「うっ」
そこを言われると弱い。
今使っているのは、俺だけの仕事用の金じゃない。
今回の旅も、二人の商売として来ている。
「でも、うまくいけば売れると思う」
「何個?」
「それは……」
「いくらで?」
「まだ……」
「誰に?」
「職人?」
「何人?」
「……調べます」
「先にそっちだろ」
正しい。
正しすぎて腹が立つ。
「俺の仕事用の金で作るなら?」
「それなら好きにすれば?」
「いいの?」
「お前の金だろ」
止められると思っていたので、逆に困った。
俺の仕事用の金なら、失敗してもカイルの金は減らない。
だから好きにしていい。
でも、それを言われると。
「……一回考える」
「珍しいな」
「なんか今買ったら負けた気がする」
「何と戦ってるんだよ」
自分でも分からない。
◇ ◇ ◇
そのまま宿へ戻るつもりだった。
けれど少し歩いたところで、後ろから声をかけられた。
「おい、坊主」
振り返ると、さっきの鍛冶職人だった。
「はい?」
「さっきの丸い刃な」
「作ってくれるんですか?」
「だから話を進めるな」
カイルが俺の肩を掴む。
「少し考えたんだが、小さい物なら試せるかもしれん」
「本当に?」
「ただし、木を切れる保証はしないぞ」
「それでも――」
「レイン」
「分かってるって!」
まだ頼まない。
鍛冶職人は呆れたように俺たちを見る。
「小さくすれば材料は減る。俺もあんな刃は作ったことがないから、少し興味はある」
「じゃあ値段も?」
「さっきよりは下げられる。ただ、何度も作り直すなら別だ」
なるほど。
最初から完成品を作るんじゃない。
まず小さな刃を作って、本当に回せるのか。
木に当てたらどうなるのか。
そこから試す。
「明日、もう一回来てもいいですか?」
「ああ」
「今日は頼まないのか?」
鍛冶職人が意外そうに聞く。
「二人で決めてからにします」
そう答えると、隣でカイルが少し笑った。
「何?」
「いや。ちゃんと止まれるんだなと思って」
「俺を何だと思ってるの?」
「聞く?」
「やっぱいい」
明日までに考える。
いくらまでなら試せるか。
本当に二人の商売としてやるのか。
それとも俺個人の実験にするのか。
丸い刃を作れるかどうかだけじゃない。
金をどこから出すのかも決めないといけない。
……こういうところは、二人になると少し面倒だ。
でも、一人だったら。
たぶん俺はもう、注文していた。




