そのまま、切れない?
翌日も、俺たちは同じ工房にいた。
昨日作った道具は、そのまま職人に使ってもらっている。何度か位置を変して試してもらったけど、固定さえしっかりすれば問題なく使えるらしい。
「これだけでも十分じゃない?」
カイルが言う。
「十分ではあるんだけどさ」
「じゃあ何が不満なんだよ」
「不満っていうか……もったいなくない?」
職人は道具を使って、何本もの木材に同じ位置の印をつけている。
そこまでは早い。
問題はそのあとだ。
印をつけた木材を別の作業台へ運び、一本ずつノコギリで切っていく。
「ここで切れたら早くない?」
「ここって?」
「この道具の上」
俺は昨日作った道具を指した。
「長さはもう決まってるんだから、印をつけてから別のところで切るんじゃなくて、その位置でそのまま切る」
「どうやって?」
「それを今から考える」
「まだ考えてなかったのかよ」
そこまで都合よく完成形が頭に入っているわけじゃない。
前世で似たような機械を見た記憶はある。
でも、仕組みまで全部覚えているわけではなかった。
◇ ◇ ◇
「ここで切りたい?」
職人にも話してみると、昨日より食いつきはよかった。
「そうです。長さを決めて、木を置いて、そのまま切れれば楽じゃないですか?」
「そりゃ楽だが」
職人がいつものノコギリを持ってくる。
試作品の上に木材を置き、印をつける位置へ刃を当てた。
「これじゃ台まで切るぞ」
「あ」
「あと、木を押さえながら切りにくい」
「じゃあ下に隙間を作れば?」
「切る場所だけか?」
「そうです」
土台を全部平らにする必要はない。
切る場所だけ隙間を空ければ、刃が木材を抜けても台には当たらない。
でも、それだけなら普通のノコギリを使いやすくしただけだ。
「ノコギリ自体をここにつけるとか?」
カイルが言った。
「固定するってこと?」
「切る場所が決まってるなら」
「それ、ありかも」
毎回切る位置にノコギリを合わせる必要もなくなる。
ただ、普通のノコギリは前後に動かして使う。
固定するなら、その動きをどう作るか考えないといけない。
「前後に動かす……」
手で押して。
引いて。
また押す。
できなくはなさそうだけど、仕組みが一気に面倒になる。
「なんか違うな」
「自分で言い出したんだろ」
「そうなんだけど」
もっと単純にできないだろうか。
◇ ◇ ◇
工房の隅に座って考えていると、ふと別の道具を思い出した。
白いソースを大量に混ぜるために試した、手回しの道具。
取っ手を回す。
軸が回る。
先につけた物も回る。
「……回す?」
「今度は何?」
カイルが嫌そうな顔をする。
「前にさ、手で回す道具を買ったんだよ」
「また買った話?」
「違う。ちゃんと使ったやつ」
「珍しい」
「失礼だな」
最終的にはミラの店で使うことになった。
あのときは先端を回して、白いソースを混ぜた。
同じように回転する力を使って――。
「丸い刃って作れないかな」
「丸い刃?」
「うん」
紙を取り出して、円を描く。
その周りに刃をつける。
「これを回す」
「……それで?」
「ここに木を当てたら、切れない?」
カイルが紙を見る。
職人も近づいてきた。
「こんな刃、見たことないぞ」
「俺は……似たようなのを見たことがある」
前世で。
もちろん、それは言えない。
「どこで?」
「昔」
「雑だな」
「細かいところは覚えてないんだよ」
これは本当だ。
ホームセンターで木材を切ってもらったこともあるし、映像で見たこともある。
丸い刃が高速で回って、木材を切る。
そこまでは覚えている。
でも、その機械を一から作れと言われたら話は別だ。
「手で回して、こんなのが木を切れるくらい回るのか?」
職人が聞く。
「……分かりません」
「刃も作らないといけないぞ」
「それも分かってます」
「危なくないか?」
「それは……かなり気をつけないと駄目だと思います」
言いながら、自分でも問題が増えているのが分かる。
測る道具は木材と少しの金具で作れた。
今度は違う。
刃。
軸。
回転させる仕組み。
木材を固定する方法。
それに、使う人が怪我をしないようにしないといけない。
「急に大変になったな」
カイルが言う。
「でも、できたら便利じゃない?」
「できたらな」
そこは否定しないらしい。
◇ ◇ ◇
「まず刃だな」
職人が紙を手に取った。
「木を切れる丸い刃が作れないなら、他を考えても仕方ない」
「作れる人、知ってます?」
「鍛冶屋なら何人かいる。ただ、こんなの頼まれたことはないと思うぞ」
「じゃあ聞いてみましょう」
「今から?」
「思いついたときに聞いた方が早いじゃん」
立ち上がると、カイルがため息をついた。
「待て」
「何?」
「予算」
「……あ」
「昨日決めたのは、あの道具の試作までだろ」
そうだった。
測る道具は一応できた。
ここから先は別物だ。
「相談するだけならタダじゃない?」
「相談したあと、そのまま注文するなよ」
「しないって」
「本当に?」
「……値段は聞くかも」
「聞くだけな」
信用がない。
でも、今度ばかりはカイルの言う通りだった。
丸い刃なんて特注になるかもしれない。
思ったより高ければ、簡単に試せるものでもなくなる。
まずは作れるのか。
作れるなら、いくらかかるのか。
それを聞いてからだ。
「じゃあ鍛冶屋、行こう」
「相談だけだぞ」
「分かってるって」
昨日までは、同じ長さを何度も測るのが面倒だというだけだった。
それが今は、測って、そのまま切るところまで考えている。
できるかどうかは、まだ全然分からない。
でも、こうやって少しずつ形が変わっていく感じは嫌いじゃない。
むしろ、かなり楽しい。
問題は。
楽しくなってきたときほど、俺は金を使いたくなるということだった。




