次は、知らない町へ
最初の往復商売を終えてから、数日が経った。
売れ残った布と革紐は、無理にもう一度市場へ持っていくことはしなかった。次に売る機会があれば使えばいいし、今すぐ売るためだけに場所代を払う必要もない。
それより俺の頭にあったのは、次に行く町だった。
カイルはまだラグナを生活の拠点にしている。リーネに来たときはトーマの家の宿に泊まっていて、今回も何日か滞在する予定だった。
その日の朝、俺はカイルが泊まっている宿へ向かった。
「知らない町に行こう」
食堂でそう言うと、案の定すぐには頷かなかった。
「どこ?」
「まだ決めてない」
「じゃあ決めてから言えよ」
「だから今から決めるんだよ」
机の上には、ベルクから以前聞いた町の名前をいくつか書き出してある。
リーネ。
ラグナ。
エルダ。
その三つはもう行った。
その先にも当然、町はある。
「エルダは?」
「行ったことある」
「俺はない」
「あ」
そうだった。
俺にとっては新しくなくても、カイルにとっては知らない町だ。
「じゃあエルダでもいい?」
「お前、知らない町に行きたいんじゃなかったのか?」
「そうなんだよね」
「じゃあ別の町だろ」
「カイルも意外と乗り気じゃん」
「行くならって話だよ」
そう言いながら、カイルは紙を自分の方へ引き寄せた。
◇ ◇ ◇
「ここは?」
カイルが一つの町を指した。
「知らない」
「じゃあ候補」
「早くない?」
「知らない町がいいんだろ?」
「そうだけど、どんな町かくらいは知りたい」
「さっきまで何も決めずに行こうとしてた奴が言うなよ」
それはそう。
でも、さすがに名前だけで決めるつもりはない。
俺たちはハンスのところへ向かった。
「また町の外か」
話を聞いたハンスは、特に驚かなかった。
「今度は二人で、知らない町に行ってみようかと思って」
「何を売るんだ?」
「まだ決めてないです」
「何を仕入れる?」
「それも」
ハンスが俺を見る。
「遊びに行くのか?」
「違いますよ!」
「今のところ、旅の予定しか聞いてないぞ」
確かに。
「商売になりそうなものを探しに行くんです」
「随分と広いな」
「最初から商品を決めたら、それしか見なくなりそうだから」
これは本当にそう思っている。
ラグナでも、最初は白いソースを売ることばかり考えていた。でも何度も通ううちに中古道具屋を見つけて、カイルと知り合って、そこから別の商売も試した。
知らない町なら、何があるかも分からない。
「ベルクさんが通る町で、俺たちでも行きやすそうなところってあります?」
「それなら……」
ハンスはいくつか候補を挙げた。
その中から、俺たちは一つの町を選んだ。
リーネやラグナより少し遠い。
でも、馬車を乗り継げば俺たちだけでも行ける。
「最初なら悪くないだろう。ただ、行く前にもう少し調べておけ」
「何を?」
「宿。馬車。治安。市場が開く日。何日かかるか」
次々と出てくる。
「多いな……」
「知らない町へ行くんだろ?」
「はい」
「商品を買わなくても、旅するだけで金は減るぞ」
この前、それを嫌というほど知った。
今回は二人の商売用の金を使う。
何も見つからなければ、旅費だけが減ることになる。
「……何か見つけないとな」
「見つからないことも考えて行け」
「ハンスさんまでカイルみたいなこと言う」
「まともなことを言ってるだけだ」
横でカイルが頷いていた。
◇ ◇ ◇
それから数日は、出発の準備に使った。
といっても、荷物を揃えるだけじゃない。
馬車の時間を確認して、途中で泊まる必要があるかを調べる。宿の相場も聞いて、往復にどれくらい金がかかるのかを書き出した。
前の俺なら、行ってから考えていたかもしれない。
「これくらいか」
カイルが旅に必要そうな金をまとめる。
「思ったよりかかるね」
「遠いからな」
「これで何も見つからなかったら?」
「旅しただけ」
「それは嫌だな」
「だからって無理に何か買うなよ」
「まだ何も言ってないよ」
「言う前に言った」
最近、先回りされることが増えた。
相棒を誘ったのは俺だけど、もしかすると自分で自分の首を絞めたのではないだろうか。
いや。
たぶん必要なんだけど。
◇ ◇ ◇
出発の前日。
俺は自分の部屋で荷物を確認していた。
カイルはトーマの宿で、自分の荷物をまとめているはずだ。
着替え。
金。
紙と書くもの。
旅に必要な物。
今回は売るための商品を持っていかない。
鞄にはまだ余裕がある。
「……帰りには何か増えてるかな」
商品かもしれない。
道具かもしれない。
ただの土産かもしれない。
最後のはカイルに怒られそうだ。
でも、俺が楽しみにしているのは町そのものだった。
知らない店。
知らない仕事。
知らない道具。
その町では当たり前なのに、リーネにはないもの。
逆に、その町の人たちが当たり前に困っていることもあるかもしれない。
前世の知識があれば、何でも作れるなんて思っていない。
でも、見た瞬間に思いつくことはある。
もっと簡単にできないか。
別の物で代わりにならないか。
作れるんじゃないか。
それを探しに行く。
たぶん、俺がやりたかったのはこっちだ。
商品を持って町を回るだけじゃない。
町を回って、商売そのものを見つける。
明日。
俺とカイルは、二人とも知らない町へ向かう。




