↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したので貯金します。たぶん。~現代知識で稼ぐ、浪費家の異世界生活~  作者: 千流


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/264

子供の商売だと思ってた?

五個の石鹸をミラの店に置いてから、三日が経った。


 その間、俺は新しい石鹸を作りながら、何度もパン屋へ行きたい衝動と戦っていた。


 売れたかな。


 まだかな。


 一個くらい売れたかな。


 いや、もしかして全部売れた?


「……気になる」


 前世で通販を頼んだあとの配送状況くらい気になる。


 でも、一日に何度も確認しに行くのは格好悪い。


 俺は商売人だ。


 どっしり構えていよう。


「レイン」


「なに、母さん」


「今日、もう三回外見てるわよ」


「…………」


 全然どっしりしていなかった。


     ◇ ◇ ◇


 結局、昼を過ぎたところで我慢できなくなった。


「ちょっとパン屋行ってくる」


「はいはい」


 エレナの返事が完全に分かっていた人のそれだった。


 市場を抜け、いつものパン屋へ向かう。


 店に入った瞬間、焼きたてのパンの匂いがした。


 相変わらず危険な場所だ。


 今日は買わない。


 絶対に買わない。


「ミラ」


「あ、レイン」


「石鹸――」


「売れたわよ」


「全部!?」


「全部」


「よし!」


 思わず拳を握った。


 五個完売。


 そのうち三個は予約されていたとはいえ、残り二個も売れた。


 ミラが銅貨を並べる。


「私の分を引いて、20リルね」


「ありがとう」


 受け取る。


 所持金、50リル。


「…………」


 50。


 ついに。


「50リル……」


「そんなに嬉しい?」


「めちゃくちゃ嬉しい」


 最初は0リルだった。


 父さんの工房を掃除して、ようやく手に入れた1リル。


 それが今、50リル。


 もちろん、この中から油も買う。全部が貯金というわけではない。


 それでも。


「増えたなあ……」


 ちょっと感動する。


 100万リルまでは、まだ果てしなく遠いけど。


 今だけは見ないことにしよう。


「それでね」


 ミラが言った。


「まだある?」


「石鹸?」


「うん」


「今作ってる」


「何個?」


「五個」


「それだけ?」


「…………」


 それだけ?


 少し前まで、一個売るのに必死だったんですけど。


「なんで?」


「欲しいって人がいるの」


「何人?」


「四人」


「また?」


「それと――」


 ミラが店の奥を見る。


「あなたに会いたいって人も」


「俺に?」


「うん」


 嫌な予感。


 八歳児に会いたがる大人。


 前世なら警戒するところだ。


「誰?」


「雑貨屋の人」


「…………」


 そっちか。


     ◇ ◇ ◇


 ミラに言われて少し待っていると、しばらくして一人の男が店へ入ってきた。


 四十歳くらい。


 細身で、髪をきっちり後ろへ流している。


 服装も市場の客とは少し違って、きちんとしていた。


「この子か?」


「そう」


 ミラが俺を指す。


「レイン。この人、ハンスさん」


「どうも」


「……本当に子供だな」


 第一声がそれ?


「八歳です」


「聞いている」


 ハンスと呼ばれた男が俺を見る。


 というか。


 観察している。


「清めの石鹸を作っているのは君か?」


「そうです」


「親ではなく?」


「俺です」


「作り方も?」


「俺が考えました」


 正確には。


 前世でなんとなく知っていたものを、この世界で試した。


 だけど。


 そこまで説明するわけにはいかない。


「ふむ」


 ハンスが腕を組む。


「最初に聞いたときは、子供の遊びだと思っていた」


「…………」


 ちょっとムカつく。


「でも売れてる」


「ああ。それで見に来た」


「どこで知ったんですか?」


「うちの客だ」


「え?」


「君の石鹸を買った客が、うちで似た物はないのかと聞いてきた」


 なるほど。


 パン屋で買った人が。


 雑貨屋でも探した。


「それでミラに?」


「そういうことだ」


 ハンスが店の端を見る。


 いつも石鹸を置いている場所。


 今は。


 空。


「商品は?」


「売り切れました」


「次は?」


「作ってます」


「いくつ?」


「五個」


「少ないな」


「…………」


 今日二回目。


 俺。


 頑張って五個作れるようになったんだけど。


     ◇ ◇ ◇


「ハンスさんは雑貨屋なんですよね?」


「ああ。市場の東側に店がある」


 記憶を探る。


 あ。


 分かる。


 何度か前を通ったことがある。


 日用品。


 布。


 食器。


 小さな道具。


 いろんな物を置いている店だ。


「それで」


 ハンスが言う。


「君の石鹸を、うちにも置かないか?」


「…………」


 来た。


 パン屋だけじゃない。


 雑貨屋。


 本来。


 石鹸を置くなら。


 どう考えてもこっちの方が自然だ。


「置きたいです」


「即答か」


「条件は?」


 ハンスの眉が少し動いた。


「条件?」


「一個売れたら、いくらですか?」


「…………」


 今度は。


 ハンスが黙る。


「君、本当に八歳か?」


「今日それ二回目です」


 ミラが後ろで笑っている。


 ハンスは少し考えてから言った。


「清めの石鹸は一個5リルだったな」


「はい」


「うちで売るなら、君から3リルで買う」


「3リル?」


「ああ。私は5リルで売る」


 俺に。


 3リル。


 ハンスに。


 2リル。


「…………」


 ミラより多い。


 ミラは一個売れると1リル。


 ハンスは2リル取る。


「高くない?」


「何がだ?」


「ハンスさんの取り分」


「嫌なら自分で売ればいい」


 ぐっ。


 正論。


「うちは毎日店を開けている。客も来る。商品を置く場所も使うし、客への説明もする」


「…………」


「それに、私は売れなければ損をする」


「え?」


「買うと言っただろう」


 あ。


 そうか。


 ミラの場合。


 売れたら金をもらう。


 売れなければ。


 俺に返ってくる。


 でも。


 ハンスは。


 先に俺から買う。


「売れなくても3リル?」


「ああ」


「…………」


 なるほど。


 違う。


 これは。


 今までと違う売り方だ。


「何個?」


「まず十個」


「…………」


「作れるか?」


 十個。


 今。


 一度に五個。


 二回作れば。


 十個。


 一個3リル。


 十個なら。


 30リル。


 まとめて。


 一気に。


「作ります」


「いつ?」


「少し待って」


「どれくらいだ?」


「…………」


 分からない。


 作るだけじゃない。


 固まるまで。


 時間も必要。


「できたら持っていきます」


「分かった。出来を見て問題なければ十個買おう」


「約束?」


「商売だからな」


 ハンスが手を出す。


「…………」


 握手?


 俺も手を出す。


 大人の手。


 八歳の手。


 大きさが全然違う。


「よろしく」


「よろしくお願いします」


 なんか。


 すごい。


 今まで。


 一個。


 二個。


 売っていた。


 それが。


 一度に十個。


「30リル……」


「何か言ったか?」


「何でもないです」


 危ない。


 金額が口から出た。


     ◇ ◇ ◇


 ハンスが帰ったあと。


 俺はミラを見る。


「十個だって」


「聞いてた」


「30リル」


「嬉しそうね」


「そりゃ嬉しいよ」


「でも、一個3リルでしょ?」


「うん」


「今までより安いじゃない」


「…………」


 そう。


 そこ。


 一個5リルで。


 ミラに売ってもらえば。


 俺には4リル。


 ハンスに売れば。


 3リル。


 一個につき。


 1リル少ない。


 十個なら。


 10リル違う。


「…………」


 でかいな。


 急に。


 不安になってきた。


「損した?」


「私に聞かれても」


 考える。


 ハンスなら。


 十個まとめて買う。


 売れるまで待つ必要がない。


 俺が店に立つ必要もない。


 客も。


 ハンスが持っている。


 その代わり。


 一個あたりの利益は減る。


「…………」


 卸売り?」


 前世で聞いたことがある。


 作る人。


 売る人。


 その間の値段。


 たぶん。


 こういうことだ。


「悪くない気がする」


「ならいいんじゃない?」


「軽いな」


「だってレインの商売でしょ?」


「八歳だよ?」


「都合のいいときだけ八歳になるのやめなさい」


「…………」


 最近。


 母さんだけじゃなく。


 ミラまで強くなってきた。


     ◇ ◇ ◇


 家へ帰る。


「父さん!」


「今度はなんだ!」


「十個作りたい!」


「増えたな!?」


 工房からガルドの声が飛んできた。


「売れる!」


「そりゃよかったな!」


「雑貨屋が買うって!」


「…………」


 少し間があった。


 工房から。


 ガルドが出てくる。


「雑貨屋?」


「うん」


「どこの?」


「ハンスさん」


「ハンス?」


 知っているらしい。


「父さん知ってる?」


「何度か仕事したことがある。棚を作った」


「信用できる?」


「商売には細かいが、変な奴じゃない」


「…………」


 よかった。


 八歳児。


 知らない大人との取引。


 冷静に考えると。


 ちょっと危ない。


「今度から、そういう話は先に俺か母さんに言え」


「はい」


「金の話なら特にな」


「はい」


 ここは。


 素直に聞く。


 俺の中身が三十過ぎでも。


 この世界の商売については。


 父さんの方が詳しい。


「それで十個か」


「うん」


「なら、あの型じゃ足りないな」


「やっぱり?」


「もう一つ作るか」


「本当?」


「端材でいいならな」


「ありがとう!」


 ガルドが工房へ戻る。


 俺はその背中を見ながら。


 考える。


 十個。


 30リル。


 もし。


 ハンスの店で売れたら。


 次も。


 十個。


 その次も。


「…………」


 まずい。


 口元が緩む。


 商売が。


 パン屋から。


 雑貨屋へ。


 少しずつ。


 俺の知らない客へ。


 広がっていく。


「100万リル……」


 まだ。


 遠い。


 ものすごく遠い。


 でも。


 前みたいに。


 ただの夢ではなくなってきた。


 そんな気がする。


「よし」


 まず。


 十個。


 ちゃんと作る。


 それから。


 30リル。


 そして。


 貯金。


 今度こそ。


 ちゃんと貯める。


「…………」


 その前に。


 油。


 足りるかな。


 結局。


 金を稼ぐためには。


 金がいる。


「世の中、うまくできてんなあ……」


 八歳にして。


 俺は少しだけ。


 資本主義の厳しさを思い出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。