置いてるだけじゃ、売れない?
ラグナに着いた翌朝。
俺とカイルは市場の一角にいた。
借りた場所は広くない。そもそも今回持ってきた布も少量なので、これくらいで十分だった。
「……準備できた?」
「できた」
「じゃあ売ろう」
「うん」
布を並べる。
値段も分かるようにしてある。
あとは客が来て、買ってくれればいい。
「…………」
「…………」
人は通る。
かなり通る。
でも、誰も止まらない。
「カイル」
「何?」
「売れないんだけど」
「まだ始めたばっかりだろ」
「でも人はいるよ?」
「いるな」
「なんで買わないの?」
「知らない店だからじゃない?」
なるほど。
言われてみれば、俺だって市場へ行ったからといって、知らない店の商品を片っ端から買ったりはしない。
……いや、気になる物なら買うことはあるけど。
「待ってればいい?」
「それでも売れるかもしれないけど」
「かもしれない?」
「俺たち、今日しかここにいないだろ」
そうだった。
何日も店を開けるなら、待つのも一つの方法かもしれない。
でも俺たちは、売るためにラグナまで来た。
黙って立って一日が終わったら、何をしに来たのか分からない。
「じゃあ、声かける?」
「やってみるか」
◇ ◇ ◇
「丈夫な布、ありますよー」
言ってみた。
誰も止まらなかった。
「……カイルもやってよ」
「なんで俺だけ逃げられると思った?」
「じゃあ一緒に」
「それはそれでうるさいだろ」
市場を見回す。
周りの店は、ただ商品を並べているだけじゃない。
客が近づけば声をかけるし、手に取れば使い道を説明する。店によっては通りを歩く人にも声を飛ばしている。
今まで何度も市場へ来ていたのに、売る側に立って初めて気づいた。
「見るのとやるの、全然違うね」
「今さら?」
「今までは買う側だったから」
「お前、買う側だとよく止まるもんな」
「気になる物が多いんだよ」
「知ってる」
とりあえず、声を出す。
ただ「布があります」だけではなく、丈夫なことや、リーネで作られていることも伝えてみる。
すると、少しずつ足を止める人が出てきた。
◇ ◇ ◇
「これ、いくら?」
最初にそう聞かれたとき、思わずカイルを見た。
カイルも俺を見た。
「……何?」
客に言われて、慌てて値段を答える。
聞かれただけだ。
まだ売れたわけじゃない。
相手は布を触り、厚さを確かめている。
「丈夫そうだな」
「はい。リーネではこういう布、結構使われてるんです」
「何に?」
「袋とか、作業用にも。厚めなので――」
そこまで言ったところで、カイルが横から使い方をいくつか付け足した。
俺より落ち着いている。
客は少し悩んでから、布を買った。
「……売れた」
客が離れてから小声で言う。
「売れたな」
「初めてだよ」
「俺もだよ」
「店で売ってたじゃん」
「自分で仕入れた物じゃない」
「ああ、そっか」
そう考えると、本当に二人とも初めてだ。
自分たちで選んで。
自分たちの金で買って。
町を越えて運んで。
自分たちで売った。
たった一つ売れただけなのに、ちょっと嬉しい。
「よし、次」
「急に元気になったな」
「売れるって分かったからね」
◇ ◇ ◇
そこからは、最初より少し楽になった。
一人が立ち止まれば、近くにいた人も商品を見る。
触ってもらえば、丈夫さは伝わる。
すぐに買う人ばかりではなかったけど、少しずつ布は減っていった。
そして夕方。
「……残ったね」
「残ったな」
全部は売れなかった。
でも、半分以上は売れた。
「どうする?」
「持って帰るしかないだろ」
「明日も売る?」
「場所代払って?」
「うーん」
残っている量を見る。
もう一日場所を借りれば売り切れるかもしれない。
でも、売れなければ場所代だけ増える。
「今回はやめよう」
「俺もそう思う」
最初の商売で、売り切ることにこだわる必要はない。
残った布は持ち帰ればいいし、次にまた持ってくることもできる。
問題は、いくら残ったかだ。
◇ ◇ ◇
宿へ戻ると、すぐに紙を広げた。
売上を書く。
布の仕入れに使った金を引く。
市場の場所代を引く。
そこまではよかった。
「馬車代」
「……うん」
「宿代」
「うん」
「食事」
「それも?」
「商売で来なかったら使ってないだろ」
「まあ、そうだけど」
順番に引いていく。
数字が小さくなる。
さらに小さくなる。
「…………」
「…………」
俺とカイルは、紙を見つめた。
「少なっ」
「思ったより残らないな」
「布だけ見たら、もっと儲かってたよね?」
「商品だけならな」
売値と仕入れ値の差だけなら、悪くなかった。
でも俺たちは、その布を運ぶために町を移動している。
寝る場所もいる。
飯も食う。
売る場所にも金がかかる。
「ベルクって、よくこれで町回ってるな」
「もっと量を運んでるし、一種類だけじゃないだろ」
「ああ……」
馬車いっぱいの商品。
行き先ごとに売る物を変えて、帰りにも別の商品を積む。
それくらいやって、ようやく移動する意味が出るのかもしれない。
「じゃあ俺たちも量増やす?」
「売り切れてないのに?」
「ですよね」
すぐに却下された。
俺も言いながら違う気はしていた。
「これ、ずっとやるの大変じゃない?」
「何が?」
「町から町へ物運んで、自分たちで一日売って、また次の町行って……って」
「まあ、楽ではないな」
しかも、売れなければ商品を抱える。
移動するだけでも金が減る。
商売にはなる。
でも、俺がやりたいのはこれだけだろうか。
「……まあ、まだ一回目か」
「そうだな」
カイルが紙を畳む。
「明日は革紐買って帰るんだろ」
「ああ、五本」
「そこはちゃんと覚えてるんだな」
「十本でもいいけど」
「五本」
「はい」
とりあえず、もう一度やってみる。
今度はラグナの商品をリーネで売る。
それで、往復した結果を全部まとめてみよう。
その先をどうするかは、それからだ。
ただ一つ分かった。
安い町で買って、高い町で売る。
それだけなら簡単だと思っていた。
実際にやってみると、その間には思っていた以上に金も手間も挟まっていた。




