二人の金って、どれ?
紙の一番上には、『二人で商売するときの決まり』。
その下に書いた最初の項目は、『金をどうするか』だった。
俺とカイルはしばらくその文字を眺めていたけど、見ているだけで答えが出るわけもない。
「とりあえず、俺は仕事用の金を持ってる」
「いくら?」
「今は701リル」
「結構あるな」
「いろいろやってきたからね」
石鹸、カバン、白いソース。それ以外にも細かい売買や試作を繰り返して、増えたり減ったりしてきた金だ。
もちろん、貯金とは別。
自由に使う金とも別だ。
「それを使うの?」
「最初はそう思ってたんだけど」
「全部?」
「いや、それは嫌だ」
「じゃあ、いくら?」
「……そこなんだよね」
701リルは俺の仕事用の金だ。
今までの商売で使うこともあるし、これから何か思いついたときにも必要になる。
それを全部、二人の金にするのは違う気がする。
「カイルはいくら出せる?」
「同じ額は無理」
「だよね」
「そもそも701リル出せるやつ、そんなにいないだろ」
「俺、意外と持ってるな」
「貯金は?」
「それは別」
「いくら?」
「教えない」
「なんでだよ」
「貯金は貯金だから」
5,380リルある。
でも、これは絶対に使わない金だ。
共同で商売を始めるからといって、ここに手をつけるつもりはない。
というか、ここに手をつけ始めたら何のために今まで分けてきたのか分からない。
「じゃあ、俺が出せる額に合わせる?」
「それが一番分かりやすいかな」
「でも、それだとお前は金あるのに使えないだろ」
「必要なら俺の仕事用から出すとか?」
「それやったら、どっちの金か分からなくならない?」
「……なるね」
始める前から面倒くさい。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、新しく分ければ?」
カイルが言った。
「何を?」
「二人で使う金」
「また?」
「またって何だよ」
「俺、もう三つに分けてるんだよ」
「知らないよ」
「貯金と仕事用と自由に使う金」
「……なんでそんな分け方してるの?」
「必要だから」
「何に?」
「俺が生きていくのに」
カイルが何とも言えない顔をした。
説明すると長い。
貯金と手元の金を一緒にすると使う。
仕事用と自由に使う金を一緒にしても使う。
だから分けた。
非常に合理的な仕組みだ。
「とにかく、もう一個増やすの?」
「一番分かりやすいだろ。お前の今までの仕事用はお前のまま。俺の金も俺のまま」
「それで?」
「二人で同じ額を出して、それだけを二人の商売に使う」
「ああ」
なるほど。
俺が今までやってきた商売は、そのまま俺のもの。
石鹸やカバン、白いソースの権利まで、急にカイルと半分になるわけではない。
これから二人で始める商売だけ、別にすればいい。
「それ、いいかも」
「だろ?」
「じゃあ、いくら出す?」
「それを今考える」
また止まった。
◇ ◇ ◇
俺に合わせれば、カイルの負担が大きくなる。
カイルに合わせれば、最初に使える金は少なくなる。
でも、考えてみれば最初から大金を使う必要もない。
「最初は小さくてよくない?」
「俺もそう思う」
「いきなり馬車いっぱい仕入れるわけじゃないし」
「お前ならやりそうだけどな」
「やらないよ」
「本当に?」
「……たぶん」
「不安になる言い方やめろ」
結局、最初にいくら出すかは、カイルが自分の持っている金を確認してから決めることにした。
無理なく出せる額。
同じ額。
まずはそこから始める。
「利益は?」
「二人の金に戻す?」
「全部?」
「最初は増やした方がよくない?」
「ああ、それはありかも」
稼ぐたびに半分ずつ持って帰っていたら、共同の金はなかなか増えない。
しばらくは利益を共同資金に残して、仕入れや旅に使う。
ある程度増えたら、そこから二人で受け取る方法を考える。
「損したら?」
「二人の金が減る」
「追加で必要になったら?」
「同じ額ずつ出す?」
「片方が出せなかったら?」
「……」
「ほら、また増えた」
「決めること多くない?」
「商売するって言ったのお前だぞ」
「二人になるだけでこんな増えると思わなかった」
一人なら、自分の金を好きに使えばいい。
二人だと、それができない。
いや。
できない方が、俺にはいいのかもしれない。
◇ ◇ ◇
紙に、決まったことを書き足した。
『今までの金は、それぞれのもの』
『二人の商売用の金を、新しく作る』
『最初は同じ額を出す』
『共同の商売に使う金は、そこから出す』
『最初の利益は、しばらく共同の金に戻す』
まだ金額も決まっていないし、追加で金が必要になったときのことも決まっていない。
それでも、昨日よりはかなり形になった。
「……俺、金を分ける場所がまた増えるのか」
「嫌なら一緒にやめる?」
「それは嫌」
「じゃあ増やせよ」
「簡単に言うなよ」
貯金。
仕事用。
自由に使う金。
そして、二人の商売用。
四つになった。
「これ以上増えないよな?」
「知らない」
「増えないって言ってよ」
「なんで俺が約束するんだよ」
カイルが笑う。
俺は紙を見ながらため息をついた。
金を貯めるために分け始めたはずなのに、気づけばどんどん分ける場所が増えている。
でも。
二人の金まで俺一人の感覚で使えるようにしておくよりは、たぶんこっちの方がいい。
少なくとも、欲しい物を見つけた瞬間に買うことはできない。
……それはそれで、少し不便な気もするけど。




