売れるなら、もっと作ればいい
注文。
二個。
売上予定。
10リル。
「…………」
嬉しい。
ものすごく嬉しい。
でも。
俺は庭に置かれた木型を見ていた。
一個。
「足りない」
今までは。
一個作る。
様子を見る。
また一個作る。
それでよかった。
試作品だったから。
でも。
売れる。
それも。
少しずつ注文が増えている。
「だったら」
答えは簡単だ。
「もっと作ればいい」
問題。
どうやって?
◇ ◇ ◇
「父さん」
「やっぱり来たか」
「え?」
工房へ入った瞬間。
ガルドが言った。
「何?」
「昨日、お前がずっと型を見てたからな」
「…………」
読まれている。
「何個欲しい?」
「とりあえず十個」
「多い」
「じゃあ五個」
「減らせばいいって話じゃねえ」
「作れない?」
「作れる」
「じゃあお願い」
「待て」
ガルドが手を止める。
「なんで一個ずつ必要なんだ?」
「え?」
「石鹸、一個につき型一個なんだろ?」
「うん」
「面倒じゃないか?」
「…………」
確かに。
五個作る。
型も五個。
十個なら。
十個。
百個なら。
「百個……」
工房が木型で埋まる。
「じゃあどうするの?」
「お前、最初は大きな箱で作って切ってただろ」
「うん」
「それじゃ駄目なのか?」
「大きさがバラバラになる」
「同じ大きさに切ればいいだろ」
「それが難しいんだよ」
包丁で。
なんとなく。
この辺。
そんな切り方をしていた。
結果。
大きい。
小さい。
斜め。
欠ける。
商品としては微妙。
「じゃあ」
ガルドが端材を一つ持つ。
「切る場所を最初から決めればいい」
「どうやって?」
「印をつける」
「…………」
あ。
「箱の大きさを決めて」
「おう」
「同じ位置に印をつけて」
「そこに合わせて切る」
「…………」
できるじゃん。
ものすごく。
普通の方法で。
「父さん」
「なんだ?」
「天才?」
「お前が馬鹿なだけじゃないか?」
「それは言わない約束」
俺。
現代知識。
現代知識。
そればかり考えていた。
でも。
物を作ることに関しては。
父さんの方が。
圧倒的に先輩だ。
◇ ◇ ◇
「だったら」
俺は木の板を持つ。
「一度に十個作れる箱とか作れる?」
「大きさは?」
「今の石鹸が十個分」
「それなら作れる」
「本当?」
「ただ」
ガルドが言う。
「いきなり十個はやめとけ」
「なんで?」
「失敗したら?」
「…………」
十個。
全部。
失敗。
油。
消える。
金。
消える。
「怖っ」
「まず五個くらいにしろ」
「はい」
素直に従った。
金が絡むと。
俺は素直になれる。
◇ ◇ ◇
ガルドが作ったのは。
今までより横長の木箱だった。
そして。
箱の縁に。
等間隔で小さな印がある。
「ここに合わせて切ればいい」
「おお……」
単純。
でも。
使いやすい。
「あと」
ガルドが。
薄い木の板を出す。
「これは?」
「切るときの目安」
石鹸の上に当てる。
真っ直ぐ。
切る位置が分かる。
「…………」
すごい。
「父さん」
「なんだ?」
「これ売れるんじゃない?」
「何を?」
「この道具」
「石鹸作ってる奴がお前しかいないだろ」
「…………」
確かに。
市場。
狭すぎる。
「とりあえず使ってみろ」
「うん」
新しい型。
材料。
天秤。
記録用の木板。
並べる。
「…………」
なんか。
工房っぽくなってきた。
庭だけど。
◇ ◇ ◇
作る。
今までの記録を見る。
天秤で量る。
材料を準備する。
少量ずつ試してきた。
その中で。
一番安定していた組み合わせを使う。
もちろん。
完全じゃない。
この世界の材料は。
毎回同じとも限らない。
灰だって。
油だって。
状態が違う。
だから。
様子を見ながら。
慎重に。
「…………」
今までより多いな」
当たり前だけど。
ちょっと緊張する。
失敗したら。
一個じゃない。
五個分。
「金……」
材料が。
銅貨に見えてきた。
「絶対失敗したくない」
慎重になる。
混ぜる。
確認する。
型へ。
「よし」
あとは待つ。
◇ ◇ ◇
数日後。
「…………」
固まっている。
「来た」
型から外す。
横長の塊。
ガルドがつけてくれた印。
それに合わせる。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
「おお……」
並べる。
五個。
大きさ。
ほぼ同じ。
形。
今までより揃っている。
「商品だ」
これ。
完全に。
商品だ。
「父さん!」
「なんだ!」
「来て!」
「今仕事中だ!」
「いいから!」
「よくねえよ!」
結局。
来てくれた。
「見て」
「おお」
「五個」
「できたな」
「全部同じくらい」
「そりゃそのために作ったからな」
「もっと喜んでよ」
「俺が作った道具だぞ」
「そうだった」
ガルドが一個を見る。
「前より綺麗になったな」
「でしょ?」
「これなら売り物っぽい」
「母さんにも同じこと言われた」
両親。
評価基準が似ている。
「父さん」
「ん?」
「ありがとう」
「おう」
「これでいっぱい作れる」
「調子に乗るなよ」
「大丈夫」
「お前の大丈夫は信用できん」
ひどい。
でも。
反論しづらい。
◇ ◇ ◇
五個。
うち。
二個は予約分。
ミラに渡す。
「できたよ」
「早かったわね」
「生産体制を改善した」
「…………」
「何?」
「本当に八歳?」
「八歳です」
最近。
何回目だ。
これ。
「二個で10リルね」
ミラから。
銅貨十枚。
「ありがとう」
革袋へ。
所持金。
29リル。
「…………」
増えた。
前回。
19リル。
そこから。
10リル。
「いいね」
そして。
手元には。
まだ三個。
一個5リル。
全部売れれば。
15リル。
「…………」
44リル。
見えてきた。
50リル。
少し前まで。
1リル稼ぐために。
父さんの工房を掃除していた。
それが。
今。
一度に五個の商品を作れる。
「レイン」
「ん?」
「その残りも売るの?」
「もちろん」
「じゃあ一個置いてく?」
「ここに?」
「欲しいって人が来たら売れるでしょ」
「…………」
俺はミラを見る。
パン屋を見る。
毎日。
人が来る。
俺より。
圧倒的に。
客が来る。
「置いてく」
「じゃあ預かる」
「待って」
「何?」
大事なこと。
「売れたら、ミラはいくら?」
「え?」
「手数料」
「てすうりょう?」
「ここで売ってもらうんだから」
無料で。
ずっと。
というわけにはいかない。
果実の皮も。
取っておいてもらっている。
石鹸も。
客に紹介してくれている。
「一個売れたら……」
考える。
5リル。
そこから。
ミラに。
「1リル?」
「くれるの?」
「うん」
「いいの?」
「その代わり売って」
ミラが笑った。
「いいわよ」
決まり。
俺がいなくても。
商品が売れる。
「…………」
待て。
これ。
かなり大きくない?
俺は八歳。
一日中。
市場で店番なんてできない。
でも。
パン屋に置いてもらえば。
ミラが売ってくれる。
売れたら。
1リル。
俺には。
4リル。
もちろん。
そこから材料費は引かれる。
それでも。
「…………」
いける。
なんか。
また一歩。
進んだ気がする。
「じゃあ三個置いてく」
「全部?」
「うん」
「売れなかったら?」
「…………」
考えてなかった。
「そのときは持って帰る」
「分かった」
店の端。
邪魔にならない場所に。
清めの石鹸。
三個。
並ぶ。
「…………」
パン屋なのに。
石鹸。
違和感。
すごい。
「大丈夫かな?」
「今さら?」
ミラが笑う。
「もうみんな、うちで聞いてくるわよ」
「石鹸を?」
「そう」
「…………」
いつの間に。
俺の知らないところで。
ここ。
石鹸屋にもなってない?
◇ ◇ ◇
翌日。
パン屋へ行った。
「ミラ」
「レイン」
「売れた?」
「一個」
「もう!?」
昨日置いた。
今日。
一個。
「はい」
ミラが。
銅貨四枚を渡してくる。
「私の1リルは引いたわよ」
「…………」
4リル。
何もしていない。
昨日。
商品を置いた。
今日。
来たら。
4リル。
「…………」
すごい。
これ。
「俺がいなくても金が増える」
「言い方が嫌ね」
「でもそうじゃん」
商品を作る。
置く。
売ってもらう。
金が入る。
「…………」
前世で。
働かずに金が入ってくる生活。
何度。
夢見ただろう。
「これだ」
「何が?」
「俺が求めてた生活」
「石鹸作ってるじゃない」
「…………」
そうだった。
まだ。
全然働いていた。
でも。
いい。
方向は合ってる。
俺は受け取った4リルを革袋へ入れる。
所持金。
33リル。
残り。
二個。
「もっと作ろう」
売れるなら。
もっと作る。
もっと置く。
もっと売る。
そして。
もっと貯める。
単純だ。
ものすごく。
単純。
ただ。
このときの俺は。
まだ気づいていなかった。
石鹸を増やすということは。
当然。
必要な油も増えるということに。
そして。
油の値段は。
俺の都合に合わせて。
安くなってはくれない。




