なんか、勝手に広まってない?
貯金。
14リル。
「…………」
俺は革袋を持ち上げた。
ちゃり。
音がする。
「いい音だ」
少し前まで。
0リル。
本当に何もなかった。
それが。
14リル。
しかも。
昨日は9リルの香油を買わなかった。
「俺、変わったな……」
前世の友人たちに見せてやりたい。
欲しい物を我慢して。
金を残した俺を。
たぶん。
『たった9リルで何言ってんだ』
と言われるだろうけど。
俺にとっては大事件だ。
「さて」
次は。
香りつきの清めの石鹸を。
もう少し作る。
ミラが5リルで買った。
一人だけ。
これでは。
本当に5リルで売れる商品なのか。
まだ分からない。
「最低でも何人かに売ってみたいな」
そのために。
作る。
そして。
売る。
地道に。
100万リルまで。
あと――。
「数えない」
学習済み。
◇ ◇ ◇
朝食を終えて。
庭へ出ようとしたときだった。
扉を叩く音。
「はーい」
エレナが出る。
少しして。
「レイン」
「なに?」
「お客さん」
「俺に?」
誰?
八歳児に客?
玄関へ行く。
そこにいたのは。
知らない女性だった。
三十歳くらいだろうか。
買い物籠を持っている。
レインの記憶を探す。
「…………」
知らない。
「あの」
女性が俺を見る。
「あなたがレイン君?」
「そうですけど」
「石鹸を作ってるって聞いて」
「…………」
え?
「どこで?」
「パン屋のミラちゃんから」
「ああ」
ミラ。
宣伝してくれた?
「一個欲しいんだけど」
「…………」
客だ。
向こうから来た。
「あります!」
即答した。
でも。
「…………」
ない。
昨日の試作品。
ミラに売った。
残り。
家で使っている分だけ。
「ごめんなさい。今、売れるのがないです」
「あら」
「作ればあります」
「どれくらい?」
「数日」
「じゃあお願いできる?」
「はい!」
「5リルよね?」
「はい!」
女性は。
「じゃあ、できたらパン屋に預けておいてくれる?」
「分かりました」
「お願いね」
帰っていった。
「…………」
俺は扉を閉める。
エレナを見る。
エレナも俺を見る。
「母さん」
「なに?」
「今の」
「ええ」
「俺、何もしてないよね?」
「何が?」
「売りに行ってない」
「向こうから来たわね」
「…………」
すごい。
これ。
「商売じゃん」
「今さら?」
母さん。
最近ちょっと厳しくない?
◇ ◇ ◇
予約。
一個。
5リル。
「よし」
作ろう。
材料を確認する。
油。
ある。
灰。
ある。
果実の皮。
「…………」
ない。
「母さん」
「今度はなに?」
「果物食べない?」
「急ね」
「皮が欲しい」
「そっち?」
「うん」
エレナが呆れた顔をする。
「市場で買ってくれば?」
「…………」
買う。
果物を。
皮のために。
「いくら?」
「物によるけど」
前に市場で見た。
リンゴっぽい果物なら。
三個で3リル。
でも。
欲しいのは。
あの柑橘っぽい皮。
「ちょっと見てくる」
市場へ向かった。
◇ ◇ ◇
果物屋。
「あった」
黄色い果実。
母さんが料理に使っていた物。
「これいくら?」
「二個で3リルだよ」
「…………」
高い。
いや。
買えないわけじゃない。
所持金。
14リル。
二個。
3リル。
残り11リル。
問題は。
俺が欲しいのは皮。
中身ではない。
「皮だけ売ってくれません?」
「は?」
店のおばさんが。
すごい顔をした。
「皮?」
「うん」
「何するの?」
「石鹸作る」
「…………」
説明するのが面倒になってきた。
「とにかく皮が欲しい」
「皮だけって言われてもねえ」
そりゃそうだ。
普通。
果物は。
皮付きで売る。
「…………」
待て。
捨てる場所。
果物を使う店。
「パン屋」
俺は走った。
◇ ◇ ◇
「ミラ!」
「何?」
「果物の皮ある?」
「挨拶くらいしなさいよ」
「おはよう」
「はい、おはよう」
「果物の皮ある?」
「結局それなのね」
事情を説明する。
香りつきの石鹸。
果実の皮を使っていること。
そして。
また注文が入ったこと。
「誰?」
「名前聞くの忘れた」
「駄目じゃない」
「パン屋に預けてって言ってた」
「ああ。たぶんセラさんね」
「知ってる?」
「うちのお客さん」
やっぱり。
パン屋経由。
「それで皮」
「ちょっと待って」
ミラが店の奥へ行く。
しばらくして。
小さな籠を持って戻ってきた。
「これ?」
「それ!」
果実の皮。
いくつか入っている。
「もらっていい?」
「捨てるやつだからいいけど」
「無料?」
「お金欲しいなら取るけど?」
「無料でお願いします」
「現金ね」
最高。
原価。
0リル。
いや。
油とかはかかる。
でも香りの部分は。
0リル。
「これ、毎日出る?」
「毎日じゃないけど。パンや焼き菓子に使うときは」
「捨てる?」
「捨てるわね」
「全部欲しい」
「全部?」
「うん」
ミラが俺を見る。
「そんなに石鹸作るの?」
「これから作る」
「売れるの?」
「…………」
分からない。
でも。
注文は来た。
しかも。
向こうから。
「たぶん」
「またそれ」
ミラが笑う。
「じゃあ取っておく」
「ありがとう!」
「その代わり」
「え?」
「今度、石鹸一個ちょうだい」
「…………」
無料じゃなかった。
「5リル分?」
「毎回皮を取っておくなら、それくらいいいでしょ?」
考える。
今後。
継続的に。
香りの材料が手に入る。
果実を買えば。
二個で3リル。
それが何回分も。
「…………」
安い。
「いいよ」
「決まりね」
取引成立。
なんか。
こういうのも。
商売っぽい。
◇ ◇ ◇
数日後。
新しい石鹸ができた。
形を整え。
香りも確認。
「よし」
前より。
作るのにも慣れてきた。
失敗も減った。
完成した物を持って。
パン屋へ。
「ミラ」
「来た」
「セラさんの分」
「預かる」
石鹸を渡す。
「それと」
「なに?」
ミラが。
銅貨を出す。
5リル。
「セラさんから預かってる」
「おお」
受け取る。
所持金。
19リル。
「…………」
いい。
増えてる。
「あと」
「まだあるの?」
「ある」
ミラが指を二本立てる。
「二個」
「何が?」
「石鹸」
「…………」
「欲しいって」
「誰が?」
「お客さん」
「また?」
「セラさんが話したみたい」
「…………」
待て。
ミラ。
ミラのお母さん。
近所の人。
セラさん。
セラさんから。
別の人。
「なんか」
「なに?」
「勝手に広まってない?」
「いいことじゃない」
「いいことだけど」
ちょっと怖い。
俺。
まだ。
市場に店すら出してない。
看板もない。
広告もない。
なのに。
客が増えている。
「二個ね」
「一個5リルって伝えてある」
「買うって?」
「うん」
二個。
10リル。
「…………」
俺の頭の中で。
計算が始まる。
二個。
10リル。
十個なら。
50リル。
百個なら。
500リル。
千個なら。
5,000リル。
「…………」
前より。
数字が大きい。
「レイン?」
「何?」
「顔、怖いわよ」
「金の計算してた」
「八歳の顔じゃない」
失礼な。
俺は八歳だ。
中身は三十過ぎだけど。
◇ ◇ ◇
家へ帰る。
注文。
二個。
嬉しい。
ものすごく。
嬉しい。
でも。
庭に置いてある。
小さな木型を見る。
「…………」
一度に。
そんなに作れない。
今は。
少量ずつ。
試しながら作っている。
二個。
三個。
その程度ならいい。
でも。
十個。
二十個。
もし注文が増えたら?
「…………」
作れない。
売れるかどうかばかり。
考えていた。
売れなかったらどうしよう。
そればかり。
でも。
逆もある。
「売れたら、どうすんだ?」
作る場所。
道具。
材料。
時間。
全部。
足りない。
「…………」
商売。
問題なくならないな。
一個解決すると。
次が出てくる。
俺は小さな木型を見つめた。
「父さん」
また。
お願いすることが。
増えそうだった。




