店の外でも、話す?
その日は、仕入れらしい仕入れをしなかった。
条件に合う物がほとんどなかったからだ。前なら何か一つくらい買おうと店の中を探し回っていたかもしれないけど、最近は何も買わずに帰ることにも慣れてきた。
「じゃあ、今日は終わりかな」
「何も買わないの?」
「欲しい物がないのに買ってどうすんだよ」
「前のお前に聞かせたいな」
「俺も成長してるんだよ」
カイルは笑いながら、店先に出していた品物を片づけ始めた。
外を見ると、もう空が赤くなり始めている。ベルクとは宿で夕食の頃に合流する予定だから、まだ少し時間があった。
「手伝う?」
「いいの?」
「暇だし」
二人で木箱を店の中へ運ぶ。
最後の箱を入れ終える頃には、オルドさんも帳簿を閉じていた。
「カイル、今日はもういいぞ」
「分かった」
「レインもありがとな」
「これくらいなら」
俺は客なんだけど、最近はたまに店の片づけまでしている。
まあ、その代わり売り物になる前の中古品を見せてもらうこともあるから、お互い様ということにしておこう。
店を出ようとすると、後ろからカイルもついてきた。
「あれ、今日は終わり?」
「うん」
「いつも店の上にいるんじゃないの?」
「いるけど、ずっといるわけじゃないよ」
「そりゃそうか」
考えてみれば、俺が知っているカイルはほとんど店の中にいる。
店番をしているか、品物を運んでいるか、俺の仕入れに付き合っているか。
それ以外の姿を知らない。
「レイン、もう飯食った?」
「まだ」
「じゃあ、なんか食べに行く?」
「いいよ」
あまりにも普通に決まった。
カイルが歩き出し、俺もその横に並ぶ。
そういえば、こいつと二人で店の外を歩くのは初めてだった。
◇ ◇ ◇
連れていかれたのは、大通りから一本入ったところにある小さな食堂だった。
旅人向けの店より安く、客もこの町の人が多いらしい。
「ここよく来るの?」
「たまに。オルドと食べることもある」
「へえ」
二人で肉と野菜を煮込んだ料理を頼む。
パンまでついて3リルだった。
「安いな」
「大通りの店ばっかり行ってるからだろ」
「旅人だから仕方ないじゃん」
「もう何回来てるんだよ」
「回数は関係ないだろ」
料理が来るまで、いつものように仕入れの話をする。
今日見た道具。
最近ラグナで増えた物。
リーネで売れた金具。
そこまではいつもと変わらなかった。
「そういえば、リーネってどんな町?」
カイルが聞いた。
「どんなって?」
「俺、お前から店の話しか聞いてない」
「俺もお前からこの店の話しか聞いてないけど」
「じゃあ、お互い何も知らないじゃん」
「確かに」
何度も会っているのに、話していることはほとんど商売のことだった。
俺は少し考えてから、リーネのことを話した。
東の市場。
父さんの工房。
ミラのパン屋。
ハンスの店。
それから、トーマの家の宿。
「トーマって誰?」
「友達。同い年の」
「へえ。何してるの?」
「家の宿を手伝ってる。たぶん将来もそのまま宿をやると思う」
「もう決めてるんだ」
「本人はそのつもりみたい」
「ふうん」
カイルがパンをちぎる。
「お前は?」
「俺?」
「将来」
「金を貯める」
「仕事の話だよ」
「それも大事だろ」
「じゃあ、金を貯めて何するの?」
答えようとして、少し止まった。
「……のんびり暮らす?」
「なんで疑問形なんだよ」
「最初はそれだけだったんだよ」
100万リル貯める。
働かなくても困らないくらい金を作って、のんびり暮らす。
今でもその目標は変わっていない。
「でも最近、町の外に出るのも結構楽しいんだよな」
「じゃあ旅人になる?」
「それは疲れるから嫌だ」
「面倒くさいな」
「ずっと旅したいわけじゃないんだよ。知らない町を見たり、そこで売れそうな物を探したりするのが楽しい」
「商売じゃん」
「……結局そうなるな」
二人で笑った。
◇ ◇ ◇
「カイルは?」
今度は俺から聞いた。
「何が?」
「将来。成人したらどうすんの?」
カイルはすぐには答えなかった。
煮込みを食べてから、少しだけ考える。
「まだ決めてない」
「店で働くんじゃないの?」
「それもあるけど」
「他にも何かしたい?」
「分かんない」
意外だった。
ずっとあの店にいるから、そのまま働くものだと思っていた。
「オルドには?」
「好きにしろって言われてる」
「いいの?」
「俺、別にあの店の子供じゃないし」
「ああ」
前に聞いた話を思い出す。
小さい頃から世話になっている。
でも、親子ではない。
「だからって、成人したらすぐ出ていけって話でもないけど」
「じゃあ急いで決めなくてもいいんだ」
「うん。でも、ずっと世話になってるからな」
カイルが少しだけ視線を落とした。
「何か返したいとは思ってる」
「店で働くとか?」
「それもある。でも、それだけなのかなって最近ちょっと思う」
「どういうこと?」
「まだ分かんない」
「そっか」
それ以上は聞かなかった。
俺だって十四歳になって、ようやく町の外へ目が向き始めたところだ。
カイルにも考える時間くらい必要だろう。
◇ ◇ ◇
食堂を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
「じゃあ俺、宿戻るわ」
「うん」
「飯ありがと。ここ安くてよかった」
「次から大通りで高い飯ばっか食うなよ」
「別に毎回高い飯食ってないから」
「この前、串肉食ってたじゃん」
「見てたの?」
「店の前通っただろ」
「……あれ2リルだから」
「値段まで覚えてるんだ」
「金のことは覚えてる」
「その割に使うよね」
「うるさいな」
カイルが笑った。
俺も笑いながら、宿の方向へ歩き出す。
「また明日」
「うん。また明日」
店で会う約束じゃない。
仕入れの話でもない。
ただ明日も会う。
それだけなのに、なんとなく今までとは少し違った。
トーマとは違う町にいる、もう一人の友達。
そう考えてみても。
今度は、別に違和感はなかった。




