あと、いくら使える?
店の奥には、思っていた以上に物があった。
壊れた鞄、片方だけになった留め具、柄の折れた工具、欠けた食器。売り場に並んでいる物とは違って、どれもそのまま客に売れる状態ではない。
「これ、全部捨てるの?」
「全部じゃないよ。直せそうなのはオルドが直すし、使える部品があれば取る」
カイルがしゃがみ込み、積まれていた道具を一つ持ち上げる。
「でも、そこまで手をかけるほどじゃない物もあるから」
「それが残ってるのか」
「そういうこと」
俺も隣にしゃがんだ。
さっき買った二つの鞄と同じような物が、まだいくつもある。
これだけあるなら、探せば使える物もありそうだ。
◇ ◇ ◇
「これは?」
俺が持ち上げたのは、底が破れた革袋だった。
「駄目」
「早くない?」
「そこ見て」
カイルが指した場所を見る。
破れているのは底だけだと思っていたけど、側面の革にも細かなひびが入っていた。
「古くなってるから、切って使ってもすぐ駄目になると思う」
「金具は?」
「一個だけなら使えそう」
「じゃあ、それだけ取れば――」
「外す手間は?」
「……俺がやる」
「それならいいんじゃない?」
なるほど。
商品として見れば駄目でも、部品として見るなら使えるところはある。
ただ、使える部分が少なすぎれば、安くても持って帰る意味はない。
「じゃあ、これは?」
「それは……」
今度はカイルもすぐには答えなかった。
小さめの革鞄で、片方の肩紐が完全に切れている。でも本体は思ったより綺麗だった。
「紐だけ直せば使えそう」
「俺もそう思う」
「ダリオなら直せるな」
「革職人だっけ?」
「うん」
問題は値段だ。
俺たちはそれを持って売り場へ戻った。
「オルドさん、これいくら?」
「それか。3リルでいいぞ」
「3リル……」
さっきの二つと合わせても7リル。
予算は20リルだから、残り13リル。
「買う?」
カイルに聞かれる。
「買う」
「今度は早いね」
「これは直した後に使えるから。ダリオに修理代を聞いて、それでも売れそうなら売る。高すぎたら……」
「高すぎたら?」
「俺が使う」
「それ仕入れじゃなくなるじゃん」
「最悪の場合の話だよ」
ちょうど小さい鞄も欲しかったし。
……いや。
今の考え方は危ないな。
「やっぱり、修理代が高かったら部品取りにする」
「そっちの方が仕入れっぽい」
「だろ?」
3リルを払う。
残り13リル。
◇ ◇ ◇
もう一度奥へ戻る。
次に見つけたのは、金属の留め具がいくつもついた大きな鞄だった。
本体の布はかなり傷んでいるけど、金具はまだ使えそうだ。
「これはいいんじゃない?」
「金具はね」
「いくつ取れる?」
二人で確認する。
大きな留め具が二つ。
小さな物が三つ。
それ以外にも、紐を通すための輪がいくつか残っている。
「これ欲しい」
「値段聞いてから」
「分かってるよ」
また売り場まで運ぶ。
オルドさんに見せると、今度は2リルだった。
「買う」
「はい、残り11リル」
「カイル、覚えてるの?」
「さっきからそれしか使ってないじゃん」
「俺も覚えてるけど」
「じゃあ聞かなくていいだろ」
確かに。
でも、誰かに残りを言われると妙に意識する。
仕事用の金自体はまだたくさんあるのに、今使えるのはあと11リル。
そう考えるだけで、店の中の商品が少し高く見えてきた。
◇ ◇ ◇
その後もいくつか見たけど、思ったほど買える物はなかった。
安くても使える部分がほとんどなかったり、直すのに手間がかかりすぎそうだったりする。
そんな中、奥の隅に置かれていた小さな木箱が目に入った。
「これ何?」
「工具入れじゃない?」
蓋を開ける。
中には細い金属の工具が何本か残っていた。
「使える?」
「俺には分からない」
「オルドさんに聞いてみるか」
売り場へ持っていくと、オルドさんが中身を確認した。
「細工用だな。何本か曲がってるが、三本は使える」
「いくら?」
「箱ごと8リル」
8リル。
予算内だ。
残り11リルだから、これを買っても3リル残る。
「……ありだな」
「リーネで誰が買うの?」
横からカイルが聞いてくる。
「父さんの工房で使えるかもしれない」
「売るんじゃないの?」
「使えたら仕事用として――」
「仕入れに来たんじゃなかった?」
「……そうだった」
危ない。
いつの間にか目的が変わっていた。
「でも細工用なら、職人に売れるかもしれない」
「誰に?」
「父さんとか」
「それ、結局お父さんじゃん」
「他の職人にもいるだろ」
「いくらで?」
「……」
分からない。
俺は木箱を見つめる。
8リル。
使える工具が三本と箱。
安い気がする。
かなり安い気がする。
「欲しい?」
「ちょっと」
「仕入れとして?」
「……半分くらい」
「じゃあやめたら?」
カイルがあっさり言った。
「8リルだぞ?」
「だから?」
「安いじゃん」
「安いから買うの、さっきやめたんじゃなかった?」
「そうだけど……」
正しい。
すごく正しい。
俺は木箱をオルドさんへ返した。
「今回はやめます」
「そうか」
オルドさんは何も気にせず、箱を受け取った。
たったそれだけだった。
買わなくても、何も起きない。
「……なんか悔しいな」
「なんで?」
「安かったから」
「じゃあ買えばよかったじゃん」
「止めたのお前だろ!」
「俺はやめたらって言っただけ」
こいつ。
◇ ◇ ◇
結局、この日に使ったのは9リルだった。
最初の壊れた鞄二つで4リル。
直せそうな革鞄が3リル。
金具を取れそうな大きな鞄が2リル。
予算は20リルだったから、11リル残った。
持ってきた仕事用の80リルで考えれば、残り71リル。そのうち60リルは最初から使わないと決めた分だ。
「半分も使わなかったな」
「いいんじゃない?」
「せっかく予算決めたのに」
「予算って、全部使う金額なの?」
「……違うな」
「じゃあいいじゃん」
また普通のことを言われた。
でも、俺一人だったらどうしていただろう。
あの8リルの工具箱は、たぶん買っていた。
その後も「あと3リル使える」とか言いながら、何か探していた気がする。
「カイル」
「何?」
「次来たときも、仕入れ見るの手伝ってよ」
「別にいいけど」
「ほんと?」
「店にいるときならね。買ってくれるなら、うちも売上になるし」
「それもそうか」
俺が得をする。
カイルの店も売れる。
悪くない。
俺は買った鞄をまとめながら、少しだけ楽しくなっていた。
次に来るときは、リーネで何が売れたかも分かっているはずだ。
そうなれば、今回よりちゃんと選べる。
「でも、次は自分で予算決めてきて」
「今回は俺が決めただろ」
「店に来てからね」
「……次は先に決めてくる」
カイルが頷く。
なんで客の俺が店員に金の使い方を注意されているんだろう。
まあいい。
9リル分がちゃんと売れれば、俺の勝ちだ。




