安ければ、仕入れていい?
三回目ともなると、ラグナまでの道のりにも随分慣れた。
どこで休憩するのかも、どの辺りから道が悪くなるのかも、なんとなく覚えている。ベルクと話したり、すれ違う荷馬車を眺めたりしているうちに、前よりずっと早く着いたように感じた。
宿に荷物を置くと、ベルクが俺を見る。
「今日はどうする?」
「中古道具屋に行ってくる」
「迷わなくなったな」
「今回は目的があるから」
「仕入れだったか」
「そう。ちゃんと売れそうな物を探してくる」
「買う前に考えろよ」
「分かってるって」
同じことを何度も言われなくても分かっている。
今回は仕事用として80リル持ってきたけど、全部使うつもりはない。小さく仕入れて、本当にリーネで売れるか試すだけだ。
……いい物があれば、だけど。
◇ ◇ ◇
「また来た」
店に入るなり、カイルが言った。
「客に対する第一声じゃないだろ」
「でも、また来たじゃん」
「来たけど」
カイルは笑いながら、手にしていた布を置いた。
「今日は何買うの?」
「まだ買うって決めてない」
「珍しい」
「俺を何だと思ってるんだよ」
「何に使うか分からない物を買う客」
「一回だけだろ」
「この前も変な道具買ってたじゃん」
「あれは使えた」
言いたかったことを思い出した。
「そうだ。あの25リルのやつ、ちゃんと使えるようになったぞ」
「穴を開けるやつ?」
「先を替えて、混ぜる道具にした」
「本当に?」
「本当。最終的に20リルで売れた」
「25リルで買ったのに?」
「改良に3リルかかった」
「もっと減ってるじゃん」
「でも使える物にはなったから!」
カイルが少し考えてから頷く。
「まあ、それなら前の筒よりはマシか」
「比べるなよ」
「で、筒は?」
「……まだ分からない」
「じゃあ、やっぱり比べていいだろ」
今回はその話をしに来たんじゃない。
俺は店内を見回した。
前回来たときから、また少し品物が変わっている。
「今日は仕入れに来たんだよ」
「仕入れ?」
「ここで安く買って、リーネで売れないかなって」
カイルが一瞬だけ黙った。
「うちの商品を?」
「もちろんちゃんと金払うよ」
「それは分かってる」
何かおかしかっただろうか。
「駄目?」
「別に。買った後にどうするかはレインの自由だし」
「じゃあ問題ないじゃん」
「でも、うちで買ってリーネで高く売れる物なんてある?」
「それを探す」
「決まってないんだ」
「だから今日は見るんだよ」
カイルは納得したような、していないような顔をした。
◇ ◇ ◇
今までとは少し違う目で店を見る。
欲しい物ではなく、売れそうな物。
そう考えると、同じ店なのに見え方が変わった。
古い食器。
工具。
鞄。
小さな家具。
旅人が置いていったらしい物もあれば、ラグナの住人から買い取ったらしい物もある。
「これ安くない?」
棚の下に、金属製の小さなランタンが三つ並んでいた。
一つ7リル。
多少傷はあるけど、壊れてはいない。
「普通じゃない?」
「リーネだと、こういうのもう少し高かった気がする」
「いくら?」
「……」
思い出す。
見たことはある。
値段も見た……ような気がする。
「12リルくらい?」
「くらい?」
「たぶん」
「じゃあ、三つ買うの?」
7リルが三つで21リル。
もし12リルで売れれば36リル。
差額は15リル。
「ありだな」
「誰に売るの?」
「え?」
「リーネで」
「それは……ハンスとか?」
「ハンスって人が12リルで買ってくれるの?」
「いや、店で売るならもっと安く渡さないと駄目か」
「じゃあ、いくら?」
「……」
また止まった。
そうか。
リーネで12リルで売られていたとしても、俺が12リルで店に渡せるわけじゃない。
ハンスにも利益が必要だ。
「10リル?」
「それで買ってくれる?」
「分からない」
「じゃあ、7リルが安いかどうかも分からなくない?」
「……確かに」
カイルは別に意地悪を言っているわけではなさそうだった。
ただ、本当に分からないから聞いているだけだ。
俺はランタンを棚へ戻した。
「なんか、ベルクと同じこと言うな」
「誰?」
「一緒に来てる行商人」
「その人も、買う前に値段見るんだ?」
「当たり前だろ」
「じゃあ俺、普通のこと言ってるだけじゃん」
そうなんだけど。
なんか悔しい。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、これは?」
次に見つけたのは、小さな革袋だった。
一つ3リル。
口を紐で縛るだけの簡単な作りだけど、状態は悪くない。
「それなら四つあるよ」
「全部で12リルか」
軽い。
場所も取らない。
リーネでも使う人はいそうだ。
「これなら売れそう」
「いくらで?」
「……先に聞くのやめてくれない?」
「なんで?」
「買いたくなるから」
「意味分かんない」
カイルが笑う。
でも、さっきよりはちゃんと考える。
リーネで新品ならいくらなのか。
中古ならいくらで買ってもらえるのか。
ハンスに置いてもらうなら、いくらで渡す必要があるのか。
そもそも、こういう革袋を欲しがる人がどれくらいいるのか。
「これも一旦やめとく」
「買わないんだ」
「考えてから買うことにした」
「最初からそうした方がいいだろ」
「今してるだろ」
仕事用の80リルは、まだ一枚も減っていない。
それなのに、なぜか少し疲れた。
仕入れって、もっと簡単だと思っていた。
安い物を見つけて、高く売る。
それだけだと思っていたのに、その「高く売れる」が一番分からない。
「なあ、カイル」
「何?」
「この店って、物を買い取るとき何見てるの?」
「いろいろ」
「そのいろいろを聞きたい」
カイルが少し困った顔をして、店の奥を見た。
「俺が全部決めてるわけじゃないよ。オルドが決めることも多いし」
「じゃあ、分かる範囲でいい」
「状態とか、うちで売れそうかとか。同じようなのが店に残ってないかとか」
「他には?」
「買う値段」
「それは分かる」
「分かってなかったじゃん」
「今分かったんだよ」
笑われた。
でも、これは聞いておいた方がいい。
カイルは十四歳くらいで、商売の何でも知っているわけじゃない。それでも、この店で何年も物を見てきた分、少なくとも中古品については俺よりずっと詳しい。
俺は紙を取り出した。
「もう一回言って」
「書くの?」
「忘れるから」
「状態。店で売れそうか。似た物が残ってないか。買う値段」
言われた順に書いていく。
その横に、自分でも一つ付け足した。
『リーネで、誰にいくらで売るか』
書いてから店内を見る。
さっきまで安く見えていた物が、急に全部よく分からなくなった。
「……今日は買えないかもしれない」
「別にいいんじゃない?」
「せっかく80リル持ってきたのに」
「持って帰れば?」
カイルは何でもないことのように言った。
それができたら苦労しない。
いや。
今回は、それをできるようになるために来たんだった。




