仕事用なら、元を取らないと
リーネへ戻った翌日。
俺は工房の隅で、ラグナから持ち帰った道具を机の上に置いていた。
持ち手を回すと、先端の棒が回転する。元々は木に穴を開けるための道具だけど、俺が欲しいのは穴じゃない。
「ここを替えれば……」
先端を外して眺める。
棒の先に、何かを混ぜるための部品をつける。
前世にあった泡立て器みたいな形にできれば、一々腕を動かして混ぜ続けるより楽になるかもしれない。
白いソースを作り始めた頃にも、もっと楽に混ぜる方法は考えた。でも当時は、結局ちょうどいい道具を作るところまではいかなかった。
今回は、回転する仕組みが最初からある。
「25リルだからな」
絶対に何かに使ってやる。
仕事用の金から出した以上、「面白そうだから買いました」で終わらせるわけにはいかない。
◇ ◇ ◇
「父さん、これに合う先っぽ作れない?」
仕事の区切りを待って声をかけると、父さんが俺の持ってきた道具を受け取った。
「何だこれ?」
「木に穴開ける道具らしい。ラグナで買った」
「また買ったのか」
「今回は仕事用」
「それは聞いてない」
父さんは持ち手を何度か回し、先端の動きを確かめる。
「これで何するんだ?」
「混ぜる」
「穴を開ける道具で?」
「先を替えればいけると思うんだよ」
紙に簡単な形を描いてみる。
一本の棒だけではなく、その先を枝分かれさせる。回したときに中身を巻き込めるような形がいい。
父さんは紙と道具を交互に見た。
「木じゃ駄目だな」
「やっぱり?」
「細くしたら折れる。金属で作れる奴に頼んだ方がいい」
「そっか」
「ただ、試すだけなら簡単なの作ってやるぞ。太くなるけどな」
「お願い」
「また変なこと始めたな」
「うまくいけば便利になるから」
「うまくいけば、な」
そこは強調しなくていい。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
父さんが余った木材で、試すための先端を作ってくれた。
見た目はかなり不格好だ。細い棒の先に小さな羽根のような部分がついていて、前世の泡立て器とは全然違う。
でも、回る。
「よし」
俺は水を入れた器に先端を入れ、持ち手を回した。
ぐるぐると水が動き始める。
「おお」
いける。
少し速く回す。
「おおっ」
水が勢いよく回る。
さらに速く――。
「うわっ!」
器から水が飛び散った。
「何やってんだ、お前」
「……速く回しすぎた」
父さんが笑いながら布を投げてよこす。
机を拭き、今度は少し深い器を使って試す。
ゆっくりなら飛び散らない。
でも。
「回しにくいな」
「片手でそれ持って、片手で器押さえてるからだろ」
「ああ……」
道具そのものも固定しないと、力を入れたときにぶれる。
さらに木製の先端が太いせいで、水程度ならともかく、もっと重い物を混ぜたらかなり抵抗がありそうだ。
思っていたより簡単ではない。
「駄目だったか?」
「いや」
俺は道具を見る。
回転させるところまではできている。
問題は、先端の形と固定方法。それに器の深さも考えた方がいい。
「まだいける」
「その顔してるときのお前、長いんだよな」
「何が?」
「完成するまで」
失礼な。
でも否定はできない。
◇ ◇ ◇
翌日、今度はミラのところへ道具を持っていった。
「また何か持ってきた」
「その言い方やめてよ」
「だってレイン、変な物持ってくるとき楽しそうなんだもん」
「今回はちゃんと目的があるから」
「今回は?」
「……白いソース作るの、楽にできるかもしれない」
そう言うと、ミラの表情が変わった。
「それは気になる」
「でしょ?」
厨房を借りて、少量だけ材料を用意する。
いきなり普通の量を作って失敗するのはもったいない。まずは試すだけだ。
「回すよ」
「うん」
器をミラに押さえてもらい、俺が持ち手を回す。
最初はゆっくり。
材料が混ざり始める。
「お?」
「いけそう?」
「もうちょっと」
少し速くする。
回る。
確かに手で混ぜ続けるより動きは速い。
ただ、すぐに別の問題が出た。
「重っ」
水とは全然違う。
抵抗が強くなって、持ち手を回す腕に思った以上に力がいる。
「これ、楽になってる?」
「……まだ分からない」
「普通に混ぜた方が早くない?」
「今は試作品だから」
「ふふっ」
「笑わないでよ」
それでも続けていると、少しずつ形にはなってきた。
完全な失敗ではない。
ただ、これを「便利になった」と言えるかというと微妙だ。
「先っぽ変えたら良くなるかな」
「あと、これ固定できたら楽かも」
「やっぱりそう思う?」
「今、私が押さえてるからね」
「あ」
一人で使う道具なのに、二人必要になっている。
それでは意味がない。
「……改良が必要だな」
「25リルだっけ?」
「なんで値段覚えてるの?」
「さっき聞いたから」
そうだった。
俺は回転する道具を見る。
25リル。
今のところ、まだ1リルも生み出していない。
しかも父さんにも手伝ってもらっている。
「元、取れるかな」
「レインが仕事用って言ったんでしょ?」
「言った」
「じゃあ頑張らないと」
「うん」
自分で仕事用にした以上、もう後には引けない。
いや。
本来、こういう考え方が一番危ない気もする。
それでも、回転する仕組み自体は使えそうなんだ。
たぶん。
……25リル分くらいは。




