これは、仕事用でいいよな?
店を出てからも、しばらくラグナの町を歩いた。
今回は何も買っていない。それ自体はいいことなんだけど、せっかく来たのに何も見つからなかったような気もして、少しだけ物足りない。
いや、何を言ってるんだ。
買い物をしに来たわけじゃない。
「危ない危ない」
独り言を漏らしながら、別の通りへ曲がる。
食料品店を覗き、旅人向けの道具を扱う店を見て、値段をいくつか紙に書いた。前に来たときより、ちゃんと町を見ている。
そのまま歩いていると、広場の端で荷物を広げている男が目に入った。
店ではない。
布の上にいくつか道具を並べて、通りかかった人と話をしている。
「これも売ってるのか?」
「ああ。旅を続けるのに邪魔でな」
並んでいるのは、小さな鍋や縄、古い工具、それに木箱が二つ。
なるほど。
こういう人から、カイルの店も買い取っているのかもしれない。
「この箱はいくら?」
「12リル」
蓋を開けてみる。
中には仕切りがなく、ただの木箱だった。ただ、作りはかなりしっかりしている。
「……父さんなら、もっといいの作れるな」
「買わないなら戻してくれ」
「ごめん」
危うく、また箱を買うところだった。
さっき5リルの箱を我慢したのに、今度は12リルの箱を買ったら意味が分からない。
俺は広場を離れた。
◇ ◇ ◇
昼前。
そろそろ宿へ戻ろうと思ったところで、また中古道具屋の近くまで来ていた。
「……別に入らなくてもいいよな」
さっき見たばかりだ。
何も買わなかったし、もう一度入る理由もない。
店の前を通り過ぎようとしたとき、ちょうど中から男が出てきた。
「カイル、こっち持ってくれ」
「今行く」
奥からカイルが出てくる。
二人で運び始めたのは、大きな木箱だった。
「手伝おうか?」
「あれ、まだいたの?」
「その言い方やめろよ」
「知り合いか?」
男が俺を見る。
五十歳くらいだろうか。大柄ではないけど、腕や手を見ると長く道具を扱ってきた人に見える。
「前にも来た客」
「レインです。リーネから来ました」
「へえ。俺はオルド。この店やってる」
やっぱり店主だった。
「これ、中に運ぶんですよね?」
「ああ。悪いな、客に手伝わせて」
「これくらいなら」
三人で木箱を店内へ運ぶ。
置かれた箱の蓋をカイルが開けると、中には工具がぎっしり詰まっていた。
「また多いな」
「今朝、旅人からまとめて買った。使えるのと駄目なの分けといてくれ」
「全部?」
「俺もやるよ」
「ならいいけど」
カイルの返事が、店主に対するものにしては随分と遠慮がない。
オルドさんも気にした様子はなく、箱の横にしゃがみ込んで工具を取り出していく。
「レインだったか。こいつ、ちゃんと客の相手してたか?」
「してましたよ」
「変な物売りつけられてないか?」
「前に変な筒買いました」
「自分で買ったんだろ」
カイルがすぐに返す。
「何だそれ」
「何に使うか分からない金属の筒です」
「そんなもん売ったのか?」
「6リルで」
「買うって言うから」
オルドさんが笑った。
「まあ、うちはそういう物もあるからな。掘り出し物かもしれんぞ」
「ですよね!」
「ただのガラクタかもしれんが」
「それ、カイルにも言われました」
「店主も同じこと言ってるだろ」
似ている。
親子ではないと聞いたけど、長く一緒にいるとこうなるんだろうか。
◇ ◇ ◇
帰るつもりだったのに、気づけば俺も工具を眺めていた。
売り物になる物とならない物を分けているだけなのに、見たことのない道具が次々に出てくるから面白い。
「これは?」
「木を削るやつだな」
オルドさんが答える。
「こっちは?」
「革に穴を開ける道具」
「じゃあ、これは?」
「それは俺も知らん」
「やっぱり知らない物もあるんだ」
「何でも知ってるわけじゃないさ」
カイルも横で状態を見ながら、使えそうな物を分けている。
そんな中、一つの道具が気になった。
手で回す小さな器具だ。
持ち手を回すと、先端の棒がくるくると回転する。
「これ、何?」
「穴を開ける道具だな」
オルドさんが手に取って動かしてみせる。
「先を替えれば、木なんかに小さい穴を開けられる」
「へえ……」
俺も回してみる。
単純な仕組みだけど、面白い。
回る。
手で。
「……これ」
頭の中に、白いソースを作っていたときのことが浮かんだ。
混ぜる。
回す。
先端を替える。
もしかして。
「いくらです?」
「その状態なら25リルだな」
25リル。
自由に使う金なら、持ってきた60リルの半分近い。
でも、これは遊びじゃない。
先端を工夫すれば、何かを混ぜる道具にできるかもしれない。白いソースだけじゃなく、他にも使える可能性がある。
つまり――。
「仕事用だな」
「何が?」
カイルがこっちを見る。
「これ。仕事に使えそうだから」
「何の仕事?」
「まだ決まってない」
「決まってないのに仕事用なの?」
「使い道は考えてるよ。回転を利用して、何か混ぜられないかなって」
「それ、穴を開ける道具だぞ」
オルドさんが笑う。
「分かってます。でも先を替えたら別の使い方もできそうじゃないですか?」
「できなくはないだろうが……」
もう一度、器具を回す。
やっぱり気になる。
25リル。
仕事用として持ってきた100リルから出せば、自由に使う金は減らない。
「買います」
「早いな」
カイルが言う。
「これはちゃんと使い道を考えてる」
「何かを混ぜる、までしか決まってないだろ」
「十分だろ」
「十分なのか?」
カイルがオルドさんを見る。
「俺に聞くな。買うって言ってる客を止める店主がいるか」
「ほら」
「店側の意見じゃん」
確かに。
でも今回は、用途不明の筒とは違う。
俺にはちゃんと考えがある。
俺は仕事用の金から25リルを払った。
これで仕事用として持ってきた分は残り75リル。リーネに置いてある550リルと合わせれば、仕事用の金は625リルになる。
自由に使える金は60リルのまま。
完璧だ。
「それ、使えなかったらどうするの?」
カイルが道具を包みながら聞いてくる。
「そのとき考える」
「買う前に考えた方がよくない?」
「今回はいける気がするんだよ」
「前の筒もそんなこと言ってなかった?」
「今回は違う」
たぶん。
……いや、本当に今回は違う。
仕事用の金で買ったんだから。




