町の外が、少し近くなった
ラグナから帰って、しばらく経った。
あれから俺の生活が大きく変わったわけではない。石鹸は俺が毎日顔を出さなくても回っているし、鞄もダリオさんが注文に合わせて作っている。白いソースもリーネではミラたち、町の外ではベルクさんという形ができていた。
だから、以前より時間がある。
そしてベルクさんがリーネへ戻ってくるたび、俺は行き先を聞くようになった。
「次どこ行くんです?」
「北の方だな」
「何日くらい?」
「往復で六日くらい」
「俺も――」
「今回は駄目だ」
「まだ最後まで言ってないんですけど」
「顔見りゃ分かる」
毎回ついていけるわけではない。
ベルクさんの仕事には長い旅もあるし、俺を連れていくことで余計な手間が増える場合もある。それに父さんと母さんからも、行き先も日程も分からない旅には行かせないと言われている。
それでも、条件が合えば同行できることは増えた。
◇ ◇ ◇
それから季節が少し進む間に、俺は二度、リーネの外へ出た。
一度目は、日帰りで行ける小さな村。
ベルクさんが布と日用品を届けるだけだったので、特に大きな出来事はなかった。ただ、店すらほとんどない場所では行商人そのものが店の代わりになるということを知った。
二度目は、二泊する別の町。
そこではリーネより木材が安かった。
「父さんが見たら喜びそう」
「持って帰るか?」
「欲しいけど、馬車に積める量じゃないと意味ないですよね」
「お、少しは考えるようになったな」
「前から考えてますよ」
安いから買う、では終わらない。
持って帰るための場所もいるし、運ぶにも金がかかる。父さんが普段仕入れている木材より少し安い程度なら、わざわざ遠くから運ぶ意味はない。
……本当は、見たことのない木材を少し買いたかったけど。
仕事用の金を使う理由を頭の中で探し始めたところで、やめた。
これは成長だと思う。
◇ ◇ ◇
旅に出るたび、紙に書くことも増えていった。
町の名前。
何が安かったか。
何が高かったか。
どんな店が多かったか。
ベルクさんが何を持っていき、何を仕入れて帰ったか。
全部を細かく書いているわけではない。気になったことだけだ。
それでも何度か町の外へ出ると、少しずつ違いが見えてきた。
リーネで普通に売っている物が、別の町では高い。
逆に向こうでは安い物が、リーネへ持ってくると値段が上がる。
それなら安い場所で買って、高い場所で売ればいい。
言葉にすると簡単だ。
でも実際には、売れる量や運ぶ手間まで考えなければならない。
「行商人って、思ったより面倒だな」
「今ごろ気づいたか」
「もっと、安い物を買って高いところで売るだけかと」
「それだけで儲かるなら、みんなやってる」
ベルクさんは笑った。
こういう話も、町の中だけにいた頃より分かるようになってきた。
◇ ◇ ◇
そんなある日。
リーネへ戻ってきたベルクさんが、いつものようにハンスさんの店で荷物を下ろしていた。
「次はどこです?」
「お前、最近それしか聞かねえな」
「気になるんだから仕方ないでしょ」
「ラグナだよ」
「行きます」
「まだ何も言ってねえぞ」
「いつです?」
「五日後」
即答した俺を見て、ベルクさんが呆れた顔をする。
「前より食いつきいいな」
「見たい物があるんです」
「中古の店か?」
「それもあります」
本当は、かなりそれだ。
前に行ったときから時間も経っている。中古品なら、並んでいる物もほとんど変わっているかもしれない。
それに――。
「カイル、まだいるかな」
「誰だっけ?」
「前に話したじゃないですか」
「知らん。お前の友達まで覚えてられるか」
「友達ってほどじゃないです」
二回会って、名前を知っただけだ。
でも次に行けば三回目になる。
「父さんたちに聞いてきます」
「先に日程聞けよ。前と同じで、ラグナに二泊。途中の宿も同じだ」
「分かりました」
俺は家へ向かいながら、頭の中で持っていく金を考える。
貯金には触らない。
仕事用の金も、必要なときだけ。
自由に使える金は171リルある。
前回は10リルしか使わなかった。
なら今回は――。
「……いや、待て」
前回使わなかったから今回は使っていい、はおかしい。
危ない。
町の外へ出ることには慣れてきたけど、金の使い方まで油断していいわけじゃない。
今度こそ、見るだけ。
……少なくとも、最初は。




