それで、それ何に使うの?
リーネに戻ったのは、出発してから数日後の午後だった。
見慣れた門をくぐると、やっぱり少し安心する。二回目の旅とはいえ、何日も馬車に揺られ続ければ疲れるものは疲れる。
「ただいま」
「おかえりなさい」
家に入ると、母さんがすぐに出てきた。
前回ほど心配していた様子ではないけど、俺の顔を見て安心したように笑う。父さんはまだ工房にいるらしい。
「ラグナはどうだった?」
「面白かったよ。エルダとも全然違った」
「今度は何を買ってきたの?」
「……何で最初にそれ聞くの?」
「何も買わなかったの?」
「買ったけど」
「ほら」
母さんが笑う。
今回は10リルしか使っていない。
しかも革袋はもう使っているんだから、実質問題なのは6リルだけだ。
「これ」
荷物から金属の筒を取り出して見せる。
母さんが受け取り、しばらく眺めたあと首を傾げた。
「これは何?」
「分からない」
「……分からない物を買ったの?」
「何かに使えそうだったから」
「何に?」
「それを考えてるところ」
ラグナでも同じ会話をした気がする。
母さんはもう一度筒を見てから、俺へ返した。
「まあ、自分で使っていいお金から買ったならいいけど」
「ちゃんとそこから出したよ」
「じゃあ、使い道が見つかるといいわね」
怒られなかった。
でも、妙に優しい言い方なのが少し気になる。
◇ ◇ ◇
夕方になって父さんが帰ってくると、ラグナで見てきたことを一通り話した。
旅人が多かったこと。
中古品を扱う店があったこと。
ベルクさんが白いソースの作り方を一軒の食堂へ100リルで売ったこと。
「一軒で100か」
「そうなんだよ。俺は全部まとめて300で売ったのに」
「でも、お前は町を回らなくても300もらったんだろ?」
「父さんまでベルクさんと同じこと言う」
「そりゃそうだろ」
父さんは笑いながら食事を口へ運ぶ。
「次に同じような話があったら考えりゃいい。最初から一番いい売り方なんて分からん」
「まあ、それはそうなんだけど」
「それより、その中古の店ってのは面白いな」
「でしょ?」
父さんは家具職人だからか、そっちの方が気になるらしい。
直せば使える物を安く買うという話をすると、何度か頷いていた。
「道具なんかは新品じゃなくてもいいからな。手入れして長く使ってる職人も多いぞ」
「じゃあ中古の工具って普通なの?」
「人から譲ってもらうことはある。ただ、専門で色々集めて売ってる店は、この辺じゃあまり見ないな」
町によって商売も違う。
ラグナで見た店が余計に面白く感じてきた。
「そういや、お前も何か買ったんだって?」
「革袋」
「それだけか?」
「……あと一個」
筒を出す。
父さんが手に取る。
回す。
中を見る。
端を指で触る。
「で、これ何に使うんだ?」
「父さんなら分かるかと思ったのに」
「知らん」
駄目だった。
◇ ◇ ◇
翌日。
トーマの家へラグナの土産を持っていくと、当然のように旅の話を聞かれた。
「エルダより宿多かった?」
「多かったと思う。旅人もかなりいた」
「部屋の値段とか見た?」
「そこまで見てない」
「飯は?」
「食べた」
「どんなの?」
俺が中古道具屋の話をしたいのに、トーマは宿と食事ばかり聞いてくる。
まあ、宿屋の息子なんだから当然か。
「次行ったら宿もちゃんと見てくるよ」
「別に俺のために見なくてもいいけど」
「気になるんだろ?」
「ちょっとな」
そう言いながら、かなり気になっている顔をしている。
「そうだ。これ見て」
俺は例の筒を取り出した。
「何それ?」
「分からない」
「なんで持ってるの?」
「買ったから」
「なんで?」
「6リルだったから」
トーマが黙った。
「安かったんだよ」
「何か分からない物に6リル払ったの?」
「何かに使えるかもしれないだろ」
「何に?」
「だから、それを考えてる」
「買ってから?」
「……うん」
また同じ会話だ。
トーマは筒を受け取って、中を覗いたり、指にはめようとしたりしている。
「笛じゃない?」
「吹いたけど鳴らなかった」
「もう試したんだ」
「昨日な」
「水入れるとか?」
「穴空いてるから出るだろ」
「じゃあ何なんだよ」
「それが分からないから困ってるんだって」
二人でしばらく筒を眺める。
結局、答えは出なかった。
「これ、本当にいらなかったんじゃない?」
「まだ分からない」
「いつまで言うつもり?」
「使い道が見つかるまで」
6リル払ったんだ。
簡単に諦められるわけがない。
……いや。
もしかして、こういうのを前世では「もったいなくて捨てられない」って言ってたんじゃなかったっけ。
俺は筒を見つめる。
貯金は4,900リル。
仕事用は650リルのまま。
自由に使える金は171リルのうち、今回の旅に80リルを持ち出して10リル使ったから、残りは171リル。
……あれ?
家に置いてきた101リルと、持ち帰った70リル。
合わせて171リル。
「ちゃんと残ってるな」
「何が?」
「こっちの話」
少なくとも、今回は10リルしか使わなかった。
前世の俺なら、旅行先で「せっかく来たんだから」ともっと使っていた気がする。
成長している。
たぶん。
手元には、何に使うのか分からない金属の筒が残っているけど。




