また、この店に来てしまった
ラグナで迎えた二日目の朝。
ベルクさんは昨日の食堂へ、白いソースの作り方を教えに行くことになっていた。見に行ってもいいとは言われたけど、作り方そのものは俺も知っているし、昨日の交渉を見られただけでも十分勉強になった。
「今日は来ないのか?」
「はい。もう少し町を見てきます」
「昨日みたいにか?」
「昨日はちゃんと町を見てましたよ」
「ついでに10リル使ってきたけどな」
「自由に使う金からです」
「なら好きにしろ。昼過ぎには宿へ戻れよ」
俺は返事をして、ベルクさんと別れた。
昨日買った革袋は、宿で紐を交換してもらって腰につけている。少し古いけど問題なく使えるし、買って正解だったと思う。
もう一つの金属の筒は宿に置いてきた。
今のところ、本当に何の役にも立っていない。
◇ ◇ ◇
大通りを歩きながら、昨日とは違う店をいくつか覗いた。
旅人向けの店が多いのは変わらないけど、少し道を外れるだけで雰囲気も変わる。地元の人が使う食料品店や、小さな工房なんかもあって、全部見ようと思ったら二日ではとても足りない。
そうやって歩いていたはずなのに。
「……また来たな」
気づけば、昨日の中古道具屋の前にいた。
別に目的があったわけじゃない。
昨日は見切れなかった物も多かったし、品物の値段を見ているだけでも面白い。新品とは違って、同じような物でも状態によって値段が違うのも気になっていた。
何より、見るだけなら金はかからない。
昨日も同じことを考えた気がするけど。
「いらっしゃ……あ」
店に入ると、昨日と同じ男がいた。
「また来た」
「覚えてた?」
「昨日、何に使うか分からない物を買っていったから」
「そこ?」
「他に覚えるところある?」
ひどい。
でも昨日より少しだけ話しやすい気がする。
「結局、あれ何だった?」
「まだ分からない」
「じゃあ、やっぱりいらなかったんじゃない?」
「まだ一日しか経ってないだろ」
「使い道って、買う前に考えるものじゃないの?」
正論を言われた。
昨日は売ったくせに。
「そう思ってたなら、言ってくれてもよくない?」
「なんで?」
「買う前にさ」
「俺、店番してるんだけど」
「……そうだった」
店員が客に「それ買わない方がいいよ」と言い始めたら、店主も困るだろう。
「それより、その袋は使ってるんだ」
「これは当たりだった。紐も直した」
「へえ」
腰につけた革袋を見せると、相手は留め具の辺りを少し確認した。
「ちゃんと直ってる。4リルなら悪くなかっただろ」
「うん。こういうの、もっとない?」
「似たのは今ない。中古だから、同じ物がいつ入るか分からないし」
「そっか」
それも新品の店とは違うところだ。
昨日あった物が、今日もあるとは限らない。逆に今日なかった物が、明日には並んでいるかもしれない。
「品物って、毎日入ってくるの?」
「毎日じゃない。旅人が持ってきたり、町の人が売りに来たり。まとめて入る日もある」
「値段は誰が決める?」
「基本は店主。俺も分かる物なら見るけど」
「買い取るときも?」
「簡単なのなら」
聞けば普通に答えてくれる。
昨日より話すようになったのは、二回目だからなのか。それとも俺が質問ばかりしているからなのか。
「例えばこれ」
近くにあった古い鍋を指さす。
「新品なら?」
「同じくらいのなら、向こうの店で12か13リルくらい」
「これは?」
「7リル」
「半分くらいじゃないんだ」
「まだ普通に使えるから。底もそんなに傷んでないし」
「じゃあ、こっちは?」
「それは5リル。持ち手が緩い」
状態によって値段が違う。
当たり前といえば当たり前だけど、実際に並んでいる物を見ると面白い。
「詳しいな」
「ここで手伝ってれば、それくらい覚えるよ」
「ずっと働いてるの?」
「働いてるっていうか……まあ、手伝ってる」
少しだけ言い方が変わった。
気になったけど、初対面に近い相手へそこまで聞くのも変だろう。
「そういえば、名前聞いてなかった」
「そっちも言ってないだろ」
「あ、確かに。俺はレイン。リーネから来た」
「リーネ?」
「知ってる?」
「名前だけ。俺はカイル」
「カイルね」
ようやく名前を知った。
カイルはそれ以上自己紹介を続けるでもなく、棚の上に置かれていた道具を動かし始めた。
俺も店の中を見る。
今日は何も買わない。
昨日10リル使ったばかりだし、自由に使える金は残り70リル。まだ旅の途中なんだから、ここで減らす必要はない。
「……これ何?」
「知らない」
「また?」
「昨日のとは別のやつ」
棚の隅に、見覚えのない道具が置いてある。
木の柄の先に、細い金属の輪がいくつもついていた。
「いくら?」
「8リル」
俺は黙った。
カイルも黙っている。
「……見るだけだから」
「まだ何も言ってないけど」
危ない。
二日続けて同じことをするところだった。
俺は道具から手を離す。
自由に使える金、残り70リル。
今日はまだ、減っていない。
まだ。




