それ、一軒でいくらになる?
店主から仕入れ値を聞き終えると、ベルクさんは少し考え込んだ。
油はリーネより少し高いけど、卵はそれほど変わらないらしい。酢も普通に手に入るようで、材料そのものが揃わないということはなさそうだ。
「これなら、ここでも作れそうだな」
「毎日出すかは分からんぞ。油を結構使うんだろ?」
「ああ。だから普通の料理と同じ値段で出す必要はない」
「少し高くするってことか」
「それでも食いたい奴がいるか、まず試せばいい」
店主は白いソースの残った器を見ながら頷いた。
俺とミラも似たようなことをした。美味しいからといって、いきなり大量に作ったわけじゃない。
ただ、ベルクさんはこの店で作るわけでも売るわけでもない。それでも、相手がどう使えば商売になるのかまで一緒に考えている。
「で、肝心の作り方はいくらだ?」
「120リル」
「高いな」
思わず顔を上げそうになった。
一軒で120リル。
俺がベルクさんへ売ったのは300リルだ。
まだ一軒目だぞ。
「作り方を教えるだけで120は出せん」
「教えるだけじゃない。実際に作れるところまで見る。それに、この町じゃ俺が同じ作り方を何軒にもばら撒くつもりはない」
「何軒までだ?」
「今のところ二軒だな」
「今のところ、ってのが気になるな」
「じゃあ、この町では二軒まで。それならどうだ?」
その場で条件が一つ増えた。
店主もすぐには返事をせず、腕を組んで考えている。
俺は口を挟まないようにしながら、頭の中だけ忙しくなっていた。
二軒に120リルずつなら240リル。
それだけで、俺が受け取った300リルのほとんどまでいく。
もちろんベルクさんには旅の費用もあるし、必ず二軒とも売れるとは限らない。教える時間だって必要だし、別の町で売れる保証もない。
分かってる。
分かってるんだけど。
「100なら買う」
店主が言った。
「110」
「100」
「作るところまで教えるぞ」
「それ込みで100だ」
「……分かった。100でいい」
決まった。
100リル。
ベルクさんは細かな条件をもう一度確認してから、明日の午前中に作り方を教える約束をした。材料は店側で用意し、実際に作りながら覚えてもらうらしい。
話が終わると、店主は残った白いソースを厨房へ持っていった。
俺たちも店を出る。
◇ ◇ ◇
「……100リル」
外へ出て少し歩いたところで、我慢できずに口にした。
「聞いてただろ」
「聞いてましたけど」
「何だ?」
「一軒で100リルですよね?」
「そうだな」
「あと一軒売れたら200リル」
「売れればな」
「別の町でも売ったら?」
「また金になるな」
やっぱり。
俺は立ち止まりそうになった。
「俺、300リルで売りましたよね?」
「売ったな」
「安くないですか?」
「今さら言うなよ」
ベルクさんが笑う。
「だって、一軒100リルですよ?」
「じゃあ、お前が自分で町を回って売るか?」
「……それは」
「客を探して、食わせて、材料の値段を調べて、交渉して、作れるようになるまで教える。売れなかったら一銭にもならんし、移動にも金がかかる」
言われると、何も返せない。
俺が300リルを受け取ったときは、そのどれもしていない。
ベルクさんが買うと言って、俺は作り方を教えただけだ。しかも、最初に500リルと言った俺から値段を下げていって、最後に300リルで決めた。
「それにな」
ベルクさんが続ける。
「俺が損する可能性もあっただろ」
「まあ……そうですけど」
「だから俺は300で買った。お前は、これから売れるかどうかに関係なく300を受け取った。それで話は終わりだ」
「分かってますよ」
契約としては、その通りだ。
あとからベルクさんがいくら稼ごうと、俺には関係ない。逆に一軒も売れなくても、300リルを返せとは言われない。
それでも。
「……ちょっと悔しい」
「ははっ。じゃあ次に生かせ」
ベルクさんは楽しそうだ。
「次?」
「また何か作り方を売ることがあったら、だ。全部まとめて売るのか、町ごとに売るのか、一軒ごとに取るのか。やり方はいくらでもある」
「ああ……」
そこで、ようやく腑に落ちた。
今回は失敗したわけじゃない。300リルはちゃんと手に入ったし、自分で町を回らなくてもベルクさんが広げてくれる。
ただ、売り方は一つじゃなかった。
「次はもうちょっと考えます」
「そうしろ」
「でも、ベルクさん」
「ん?」
「この町でもう一軒売れたら教えてください」
「何でだよ」
「気になるから」
「お前には一銭も入らんぞ」
「それは分かってます!」
分かっている。
分かっているけど、気になるものは気になる。
300リルで手放した作り方が、最終的にいくら稼ぐのか。
たぶん俺は、しばらく数えてしまうと思う。




