見るだけのつもりだった
ラグナに着いた翌朝。
朝食を済ませると、ベルクさんはさっそく荷物の確認を始めた。今日は何軒か取引先を回るらしく、昨日まで荷馬車に積まれていた商品もいくつか宿の倉庫へ移してある。
「レインはどうする?」
「町見てきます」
「一人でか?」
「近くだけですよ。昨日も話したじゃないですか」
「ああ。昼には一回戻れよ」
「分かってます」
ラグナには二日滞在する予定だ。
ベルクさんが白いソースの話をする店にも興味はあるけど、それは午後か明日になるらしい。なら、その前に自分で町を見ておきたい。
「あと、変なもん買うなよ」
「買い物が目的じゃないですって」
「昨日から店ばっかり見てた奴が言ってもな」
「見るのはタダですから」
「それで済めばいいけどな」
失礼な。
俺はちゃんと昨日決めた。自由に使える金は80リルだけで、仕事用の100リルは本当に商売につながる物を見つけたとき以外は使わない。
つまり、無駄遣いできる金は80リルしかない。
……80リルもある、と考えるのはやめておこう。
◇ ◇ ◇
宿を出て、まずは大通りを歩く。
昨日は荷馬車の上から見ていただけだったけど、歩いてみると余計に店の多さが分かった。
旅人向けの食料をまとめて売っている店。丈夫そうな靴や外套を並べている店。馬具を扱う店の隣には、鍋や水筒、縄なんかを山ほど積んでいる店もある。
客の方も様々だった。一個だけ買っていく人もいれば、店主と長いこと値段を話している商人もいる。荷物を抱えて店に入り、しばらくすると金だけ持って出てくる旅人もいた。
「本当に売ってるんだな」
昨日ベルクさんから聞いた話を思い出す。
旅の途中で邪魔になった物や、金が必要になって手放した物。それを買い取って、また別の人へ売る店がある。
前世なら中古品なんて珍しくもない。でも、この世界に来てからは新品を作って売ることばかり考えていた。
「安く買って、また売る……」
当然、それでも商売になる。
自分で作らなくてもいいし、誰かに作ってもらう必要もない。状態を見て値段を決めて、欲しい人に売ればいい。
そんなことを考えながら歩いているうちに、昨日見かけた店の前まで来ていた。
◇ ◇ ◇
改めて見ると、かなり雑多な店だった。
店先には鍋や食器、古びた工具、革袋、木箱なんかが並んでいる。その横には使い込まれた鞄や、何に使うのか分からない金属の道具まで置かれていた。
新品ばかり並んでいる店とは違って、統一感がまるでない。
「……面白そう」
見るだけだ。
そう自分に言い聞かせて、中へ入る。
「いらっしゃい」
声をかけてきたのは、店の奥にいた俺と同じくらいの歳の男だった。棚に品物を並べていたらしく、手には古い木製の器を持っている。
「見てもいい?」
「どうぞ。値札ついてないやつは聞いて」
「分かった」
それだけ言うと、また棚へ向き直った。
愛想が悪いというほどでもない。ただ、初めて来た客に必要以上に話しかけるタイプではないらしい。
俺も気にせず、店の中を見て回る。
古い鍋や小さな刃物、木製の皿に革の水筒。少し欠けた食器まで並んでいて、どれも新品の店では見かけないような物ばかりだった。
「これも売り物?」
手に取ったのは、小さな金属製の筒だった。
「売り物」
「何に使うの?」
「知らない」
「知らないの?」
「買い取った人も知らなかったから」
そんな物まで売るのか。
「いくら?」
「6リル」
「何に使うか分からないのに?」
「だから6リル」
なるほど。
用途が分かればもっと高いのかもしれないし、分からないから安い。
筒を回してみると、片側だけ少し細くなっている。中は空洞で、特に動く部分もない。
何かに使えそうな気がする。
「買う?」
「まだ見てるだけ」
「そう」
止めもしなければ勧めてもこない。
俺は筒を元の場所へ戻して、別の棚を見る。
今度は、小さな革の袋が目に入った。腰につけられるようになっていて、中が二つに分かれている。
「これ便利そうだな」
「4リル」
「安くない?」
「留め具が壊れてる」
「あ、本当だ」
よく見ると、蓋を閉じるための革紐が途中で切れていた。
「直せない?」
「紐替えれば使える」
「じゃあなんで直さないの?」
「直す手間かけて高くするより、そのまま安く売った方がいいって店主が」
「へえ」
面白い。
この店、ただ中古品を安く売っているだけじゃない。直す物と、直さない物まで選んでいるらしい。
「これください」
「4リル」
「あと、この筒も」
「何に使うか分からないけど?」
「分かってる」
「じゃあ10リル」
二つをまとめて差し出され、俺は自由に使うために持ってきた金から10リルを払った。
革袋はいい。紐を替えれば普通に使えるし、小銭なんかを分けて入れるのにも便利そうだ。
問題は筒だ。
「……これ、本当に何なんだろうな」
「知らないって言っただろ」
「何かには使えると思うんだよ」
「何に?」
「それをこれから考える」
そこで初めて、相手の手が止まった。
俺の顔を見て、それから手に持っている筒へ視線を落とす。
「使い道分かってないのに買ったの?」
「6リルだし」
「まあ、金払うならいいけど」
止めないんだ。
少しくらい「やめとけば」と言ってくれてもいい気がするけど、考えてみれば向こうは店員で、俺は客だ。
売れるなら止める理由なんてない。
「ありがとうございました」
「うん」
店を出る。
自由に使える金は残り70リル。
まだほとんど残っている。それに革袋はちゃんと使えるし、筒だって何かに使えるかもしれない。
「無駄遣いではないな」
少なくとも、今のところは。
たぶん。




