今度の町は、どんな町?
出発の朝、俺は前回と同じように家を出て、町の門へ向かった。
「忘れ物は?」
「ない。昨日三回確認した」
母さんに念を押されながら鞄を背負い直すと、父さんは俺の荷物を一度見てから軽く肩を叩いた。
「気をつけてな。あと、ベルクの邪魔するなよ」
「分かってるって。じゃあ、行ってきます」
今回は初めて町の外へ出るわけじゃないから、前みたいな緊張はなかった。それでも門を抜け、リーネが少しずつ遠ざかっていくと、自然と気分が上がってくる。
「楽しそうだな」
荷馬車を進めながらベルクさんが言った。
「そりゃ楽しみですよ」
「遊びじゃないぞ」
「分かってます。俺だって今回はちゃんと目的ありますから」
店を見る。値段を見る。どんな物が売られているのかを見て、もし本当にリーネで売れそうな物があれば考える。
あくまで考えるだけだ。最初から買うつもりではない。
「で、ラグナってあとどれくらいです?」
「順調なら三日だな」
「エルダより遠い?」
「少しな。ただ街道はこっちの方が歩きやすい」
確かに道は悪くない。荷馬車が通ることが多いからか、前よりしっかり踏み固められていて、途中ですれ違う人の数も多かった。
荷物を積んだ馬車もいれば、数人で歩く旅人もいる。武器を持った護衛らしい人や、リーネの近くではあまり見ない格好の人までいた。
「この人たちもラグナへ?」
「全員じゃない。この道は先でも分かれる」
「なるほど」
町に着く前から、人の流れがリーネとは違う。それだけでも、来た甲斐がある気がした。
◇ ◇ ◇
二日目になると、前回の旅ほど疲れていない自分に気づいた。
馬車に乗り続けるのが楽になったわけではない。尻は普通に痛い。ただ、いつ休むのか、どこで水を補給するのか、夜はどう過ごすのか。その辺りが分かっているだけで、かなり違った。
「慣れたか?」
「少しは」
「じゃあ荷物降ろすの手伝え」
「そういう慣れじゃないんだけど」
「旅慣れしたんだろ?」
「言わなきゃよかった」
休憩場所でベルクさんに笑われながら、俺でも持てる荷物を降ろしていく。
前回より余裕があるせいか、ベルクさんが何をしているのかも少し見えるようになった。馬を休ませる時間を考えたり、荷物が崩れていないか確認したり、道ですれ違った商人と話したりしている。
「そういえば、さっきの人とは何話してたんです?」
「道の様子だ。少し先で馬車が一台壊れたらしい」
「それだけ?」
「それだけでも、知ってるのと知らないのじゃ違う」
「確かに」
こういうのは、実際についてこないと分からない。
俺が商売と呼んでいたものは、まだほとんど町の中だけだったんだなと思う。
荷物を一通り降ろし終えて座ったところで、ふと思い出した。
「ベルクさん」
「何だ?」
「白いソース、どうするんです?」
「どうするって?」
「作り方買ったじゃないですか。この前教えたばっかりだけど、もう売る相手とか決めてるのかなって」
「ああ、それか」
ベルクさんは水を飲んでから、少し考えるように空を見た。
「候補はいくつかある。ただ、いきなり作り方を売り歩くつもりはないぞ」
「じゃあ、どうするんです?」
「まず食わせる」
「ああ」
それは俺たちがやったのと同じだ。
名前だけ聞いても、白いソースがどんな物なのかは分からない。だったら実際に食べてもらった方が早い。
「パン屋とか?」
「それもある。食堂にも話はできるな。ただ、店によって使ってる油も違うし、卵や酢の値段も違う。作れるからって、どこでも売れるとは限らん」
「……なるほど」
「お前、それを考えずに俺に売ったのか?」
「いや、考えてましたよ」
「今の間は何だ」
少しだけ考えていなかった。
作り方を教えれば、ベルクさんなら後はうまく売るだろうと思っていた。でも実際には、町が変われば材料の値段だって変わる。
「じゃあラグナでも?」
「話はしてみるつもりだ。ちょうど知ってる店もある」
「見てもいいですか?」
「邪魔しないならな」
「しませんよ」
これは面白そうだ。
俺が300リルで売った作り方を、ベルクさんがどうやって金に変えるのか。それを実際に見られるなら、ラグナへ行く目的が一つ増えた。
「でも、うまくいったら結構儲かるんじゃないですか?」
「さてな」
「その顔、儲かると思ってるでしょ」
「お前はもう300リル受け取ったんだから、俺がいくら稼ごうが関係ないだろ」
「それはそうなんだけど……」
分かっている。
分かっているけど、もしベルクさんがこれで何千リルも稼いだら、たぶん俺は少し悔しい。
「今さら値段上げるなよ」
「上げないよ!」
売り切りにしたのは俺だ。
そこはちゃんと覚えている。
ただ、次に何かの作り方を売ることがあったら、ベルクさんがどう売るのかは覚えておこうと思った。
◇ ◇ ◇
三日目の午後。
「見えてきたぞ」
ベルクさんに言われ、荷馬車から前を見ると、遠くに壁が見えた。その手前には俺たち以外にも何台もの馬車が同じ方向へ進んでいる。
「多くないですか?」
「ラグナじゃ普通だ」
町へ近づくにつれて、人も馬車も増えていった。門の前には順番を待つ商人がいて、その横を荷物の少ない旅人たちが歩いていく。
エルダとも違う。町そのものが大きいというより、とにかく出入りしている人が多い。
門を抜けると、その印象はもっと強くなった。
「うわ……」
道の両側には店が並び、食べ物や布、旅道具、馬具が所狭しと置かれている。見慣れない形の瓶や、何に使うのか分からない道具まであった。
大きな荷物を背負った人が歩き、店先では商人らしい男たちが値段を交渉している。少し先では荷馬車からいくつもの木箱が降ろされていて、視線を動かすたびに気になるものが増えていく。
「エルダよりごちゃごちゃしてる」
「それがラグナだ」
「毎日こんな感じ?」
「時期にもよるがな」
あの店も見たいし、向こうも気になる。今すれ違った人が持っていた物も何だったんだろう。
「レイン」
「はい?」
「まだ宿にも着いてないぞ」
「分かってますよ」
「なら前見ろ」
危ない。完全に店ばかり見ていた。
でも、これは仕方ないと思う。リーネにはない物が、本当にそこら中にある。
ベルクさんの荷馬車について進んでいると、その中でも特に気になる一軒の店が目に入った。
店先に並んでいるのは、新品には見えない道具や食器、それに使い込まれた鞄。奥には用途すら分からない物まで積まれている。
「……あれ」
「どうした?」
「いや、なんでもないです」
今は宿が先だ。
店の場所だけ覚えておこう。
見るだけなら問題ない。
たぶん。




