今度は、何を見に行く?
「ラグナだ」
ベルクさんから聞いた町の名前を、忘れないうちに紙へ書いた。
ラグナ。
リーネから馬車で数日。エルダとはまた別の街道沿いにある町で、いくつもの道が交わる場所らしい。
大きさだけならエルダとそこまで変わらない。ただ、人の出入りはかなり多いという。
「商人も多いんですか?」
「多いぞ。そこに住んでる奴より、出入りしてる奴の方が目につく日もあるくらいだ」
「そんなに?」
「街道沿いだからな。荷を運ぶ商人もいれば、別の町へ向かう途中で泊まる奴もいる。そういう連中相手の店も多い」
宿、食堂、馬を預かる場所。
旅に必要な物を扱う店もあれば、逆に旅人から物を買い取る店もあるらしい。
聞けば聞くほど、エルダとは違う。
「行きたいな」
「だから親に聞けって」
「分かってますよ」
問題はそこだ。
前にエルダへ行ったときも、父さんと母さんを説得する必要があった。
ただ、今回は一度経験している。
ベルクさんがどんなふうに旅をするのかも分かったし、俺自身、町の外で何に気をつけるべきか少しは知った。
前よりは話しやすい……はずだ。
◇ ◇ ◇
その日の夕食後。
「ラグナ?」
父さんが聞き返した。
「うん。ベルクさんが今度そっちへ行くかもしれないんだって」
「また町の外へ行きたいの?」
母さんは驚いていたけど、前回ほどではない。
「行きたい」
「今度は何をしに?」
「それなんだけど……」
俺は少し考えた。
前なら、知らない町を見たい、で終わっていたかもしれない。
もちろん今もそれはある。
でも、それだけじゃない。
「リーネと何が違うのか見たいんだ」
「何がって?」
「売ってる物とか、値段とか、どんな人が来るとか。ラグナは旅人が多いらしいから、エルダとも違うみたいで」
父さんが黙って聞いている。
「それを見てどうする?」
「まだ分からない」
「分からないのか」
「行ってないから」
ここで適当な商売をでっち上げても仕方がない。
「何か売れるかもしれないし、逆にリーネに持って帰れる物があるかもしれない。でも、何があるか知らないのに先に決めてもしょうがないだろ?」
「まあ、それはそうね」
母さんが頷いた。
「それに今回は、ベルクさんについていくだけじゃなくて、ちゃんと自分で見たいんだ。店とか、値段とか」
「買うの?」
「見る」
「買わない?」
「……必要なら」
母さんの目が少し細くなった。
「仕事に?」
「もちろん」
「本当に?」
「たぶん」
「そこは言い切りなさい」
言い切れなかった。
ラグナには、旅人が売っていった変わった道具もあるらしい。
まだ見てもいないのに、絶対に何も買わないと約束するのは危険だ。
「自分の金なら好きにしろとは言ったがな」
父さんが笑う。
「ただし、貯めるんじゃなかったのか?」
「貯めてるよ」
「ならいい」
いいんだ。
ちょっと意外だった。
「行ってもいいの?」
「まだベルクの予定も決まってないんだろ?」
「うん」
「なら決まってからだ。どの道を通るか、何日くらいになるか、それを聞いてこい」
前と同じように、何も聞かずに許可というわけではない。
でも、最初から反対されることもなかった。
「母さんは?」
「お父さんと同じ。ベルクさんと一緒なら前よりは安心だけど、ちゃんと予定を聞いてからね」
「分かった」
これで一歩前進だ。
あとはベルクさんの予定が決まればいい。
「それとレイン」
「何?」
「前みたいに、帰ってきてから必要だった物に気づくのはやめなさいね」
「あれは初めてだったから」
「今回は?」
「二回目」
「じゃあ大丈夫ね」
「……たぶん」
母さんがため息をついた。
◇ ◇ ◇
部屋へ戻って、机の上の紙を広げる。
ラグナ。
その下に、ベルクさんから聞いたことを書き足した。
旅人が多い。
商人も多い。
宿や食堂が多い。
旅に必要な物を扱う店がある。
中古の道具を扱う店もある。
「今度は、何を見ようかな」
エルダへ行ったときは、初めて見るもの全部が珍しくて、ただ歩いているだけでも楽しかった。
今回は少し違う。
店を見る。
値段を見る。
どんな物が売れているのかを見る。
それから、リーネにはない物も探してみる。
紙にそう書いてから、最後にもう一つ付け足した。
――無駄遣いしない。
「……一応な」
自由に使える金は181リル。
全部持っていく必要はない。
そもそも、まだ行けると決まったわけでもない。
それでもラグナの文字を見ていると、知らない町の店先が頭に浮かんでくる。
珍しい道具。
見たことのない商品。
旅人が手放した、どこか遠くの品。
「見るだけなら、金かからないしな」
前にも似たようなことを言った気がする。
今回は大丈夫だ。
たぶん。




