成人まで、あと一年
十四歳になった。
だからといって、朝起きた瞬間に何かが変わったわけじゃない。背が急に伸びたわけでもなければ、大人っぽい顔になったわけでもない。
昨日まで十三歳だった俺が、今日から十四歳になった。それだけだ。
「おめでとう、レイン」
「ありがとう」
朝食の席で母さんに言われ、父さんからも「もう十四か」と笑われた。
夜には少しだけいつもより豪華な食事を用意してくれるらしい。前世なら誕生日なんて、友達と飲みに行く口実くらいにしか考えていなかったけど、こうして祝ってもらえるのは悪くない。
「来年には成人ね」
母さんが何気なく言った。
その一言で、パンを食べていた手が止まる。
「……あと一年か」
「そうよ」
「早いな」
「この前まで八歳だった気がするんだけど」
「それはさすがにないだろ」
父さんが笑う。
でも俺の感覚では、本当にそんな感じだった。
石鹸を作ろうとして何度も失敗して、初めて金を稼いで、鞄を作ってもらって。また別の物を考えて、町の外にも行った。
気づけば六年。
そして、あと一年で成人だ。
◇ ◇ ◇
朝食のあと、自分の部屋に戻った俺は机の前に座った。
成人まであと一年。
そう考えたら、急に気になったことがある。
「……今、いくらあるんだ?」
昔はしょっちゅう気にしていた。
何リル稼いだ。
何リル使った。
残りはいくら。
それなのに最近は、石鹸も鞄も俺以外の人が動かすことが増えて、まとまった金を使うことも減った。
俺は途中から、持っている金を三つに分けている。
絶対に手をつけない貯金。
材料を買ったり、何か試したりするときに使う仕事用。
そして、俺が好きに使っていい金。
この最後の一つがないと、俺はたぶん貯金に手を出す。
前世の経験がそう言っている。
「よし。十四歳になったし、一回ちゃんと確認するか」
三つに分けてある金と、書き残していた数字を確認する。
途中で一度数え直した。
間違っていない。
貯金、4,900リル。
仕事用、650リル。
自由に使える金、181リル。
全部合わせれば5,731リル。
「……結構あるな」
思わず笑ってしまった。
十三歳になったころは、貯めていた金が3,842リルだった。
そこから一年。
石鹸や鞄で少しずつ入ってきた金もあるし、白いソースの作り方をベルクさんに売った300リルもある。
あの300リルは、結局200リルを貯金、70リルを仕事用、30リルを自由に使う金へ分けた。
全部貯金に入れようとは思った。
本当だ。
ただ、せっかく稼いだんだから少しくらい自由に使ってもいいだろうし、次の商売に使える金も必要だ。
そう考えた結果だ。
「三分の二も貯金したんだから、かなり偉いよな」
誰もいない部屋で自分を褒める。
前世の俺なら300リル全部を使っていてもおかしくない。
成長した。
間違いなく成長している。
「で、目標まで……」
俺の目標は、貯金だけで100万リル。
今は4,900リル。
つまり――。
「あと995,100リル」
ほぼ100万じゃねえか。
さっきまでの達成感が一瞬で消えた。
一年かけて結構増えたと思ったのに、目標の数字を横に置くと何も進んでいないように見える。
このままのペースだと何年かかる?
「……やめよう」
計算するのをやめた。
老後のための貯金なのに、貯まるころには老後すら終わっていそうだ。
◇ ◇ ◇
午後、町へ出るとトーマに会った。
「十四歳おめでとう」
「知ってたの?」
「この前言ってただろ」
「覚えてたんだ」
「それくらいは覚えてる」
トーマも同じ十三歳だけど、誕生日は俺より少し後だ。
「あと一年だな」
「成人?」
「うん」
「そうだな」
トーマは思ったより普通だった。
「何かないの?」
「何が?」
「成人まであと一年だぞ、みたいな」
「だから?」
「いや……将来どうしようとか」
「宿手伝うけど」
「もう決まってるの?」
「今のところは。父さんたちもいるし、すぐ俺が継ぐとかじゃないけど」
「そっか」
トーマには、今いる場所の先がある。
家が宿をやっていて、自分もそこで働く。将来どうなるかまでは決めていなくても、とりあえず進む方向は見えている。
「レインは?」
「俺?」
「成人したら何すんの?」
「……商売?」
「今もしてるじゃん」
「そうなんだよな」
言われてしまった。
「じゃあ今と同じ?」
「それは嫌だな」
「なんで?」
「だって俺、あと995,100リル貯めないといけないんだぞ」
「何の話?」
「俺の老後」
「十四歳の誕生日に何考えてんだよ」
「大事だろ」
笑われた。
俺は真剣なのに。
でも、今と同じことだけを続けて100万リルまで届く気がしないのも本当だった。
「また外に行きたいな」
「エルダ?」
「エルダもいいけど、別の町も」
「好きだなあ」
「一回行ったら余計に気になったんだよ」
知らない町。
違う店。
違う商品。
違う値段。
ベルクさんが話していた王都だって、まだ見たことがない。
そういう場所へ行けば、もっと稼げる何かが見つかるかもしれない。
……あと、普通に面白そうな物もありそうだ。
「何?」
「いや」
「今なんか変なこと考えた?」
「考えてない」
危ない。
今のは貯金の話だったはずだ。
◇ ◇ ◇
夕方、家へ戻る。
母さんが用意してくれた料理を食べて、父さんから小さな木箱をもらった。
「何これ?」
「お前、紙増えてきただろ」
蓋を開けると、中には仕切りがついていた。
「使ってるやつと、終わったやつで分けとけ」
「……見てたの?」
「机の上に置いてありゃ見える」
「勝手に読んでないよね?」
「読んでもよく分からん」
「ならいいけど」
「いいのかよ」
紙を入れるにはちょうどいい。
今まで机の端に重ねていただけだから、普通に助かる。
「ありがとう」
「おう」
部屋に戻って、さっそく紙を木箱へ移した。
その中の一枚に目が止まる。
――町の外。
前に思いついて、端に書いておいた言葉だ。
何をするかまでは決めていない。
ただ、もっと外を見たい。
もっと稼ぎたい。
そして今度こそ、ちゃんと貯めたい。
「4,900リルか……」
目標までは、あと995,100リル。
先は長い。
ものすごく長い。
だからまずは、増やさないといけない。
十四歳。
成人まで、あと一年。
去年と同じことだけをして過ごすつもりはなかった。
……まあ、自由に使える金は181リルあるんだけど。
いや。
今のは忘れよう。




