書いておけば、忘れない?
翌日。
俺は机の上に紙を広げていた。
昨日、トーマが持っていた買い物の紙。それを見てから、頭の中に引っかかっている。
誰か一人が全部覚えていなくても、書いておけば別の人でも分かる。
「……とりあえず、書いてみるか」
別に難しいことをするつもりはない。
今、自分が関わっていることを書くだけだ。
まずは石鹸。
作るのはセラさん。
リーネで売るのはハンスさん。
エルダにはベルクさんが五個持っていって、店に置いてもらっている。
次に確認するのは、ベルクさんがまたエルダへ行ったあと。
「こんな感じか」
次は鞄。
作るのはダリオさん。
普通の鞄とは別に、旅向けの改良も試した。
ベルクさんが一往復使って、肩と底は前より良くなった。
今すぐやることは――。
「……ないな」
書いてから気づいた。
ダリオさんが旅向けの注文を受けたときに、今回の改良を使ってみると言っていた。それなら俺が毎日のように気にする必要はない。
最後に白いソース。
リーネではミラたちが今まで通り使う。
町の外で作り方を扱うのはベルクさん。
300リルは受け取り済み。
次に聞くのは、どこかで作り方を売ったあと。
「……結構あるな」
三つだけなのに、書き始めると意外と長い。
◇ ◇ ◇
「何してんの?」
「うわっ」
後ろから声をかけられて振り向く。
トーマがいた。
「いつ来たの?」
「今。おばさんに入っていいって言われた」
「声かけてよ」
「かけたよ。返事なかったけど」
全然聞こえていなかった。
トーマが机の上を覗き込む。
「何これ?」
「昨日のお前の紙見て、俺も書いてみようかなって」
「買い物?」
「違う。俺が今やってること」
「へえ」
トーマが紙を見る。
しばらく黙って読んでいたけど、途中で首を傾げた。
「これ、終わってるの?」
「どれ?」
「鞄」
「一応、今は終わってる」
「じゃあなんで書いてあるの?」
「……関わってるから?」
「でも今やることないんだろ?」
「ない」
「じゃあ終わってるじゃん」
「そう言われるとそうだな」
いきなり引っかかった。
◇ ◇ ◇
「こっちの石鹸は?」
「結果待ち」
「いつ分かるの?」
「ベルクさんが次にエルダへ行ったあと」
「いつ行くの?」
「知らない」
「じゃあ、いつ確認するの?」
「……ベルクさんが帰ってきたら?」
「それ書いとけば?」
「あ」
確かに。
俺は横に書き足す。
――ベルクさん、次のエルダ帰りに確認。
「白いソースも同じじゃん」
「これはベルクさんがどこかで売ったら」
「それ、レインが知る方法あるの?」
「帰ってきたベルクさんに聞く」
「じゃあそれも書けば?」
「はい」
また書き足す。
なんだろう。
俺が作った紙なのに、どんどんトーマに直されている。
「お前、こういうの慣れてる?」
「何が?」
「書いて管理するやつ」
「別に」
トーマは首を振った。
「宿じゃ普通にやってるだけだよ。買い物とか、泊まる客とか、馬車預かる日とか。忘れたら困るし」
「泊まる客も書くの?」
「先に分かってるときはな」
「へえ」
「同じ日に部屋二つ使う客が来るのに、別の客入れたら困るだろ」
「それは困る」
「だから書く」
単純だった。
でも、その単純なことを俺はしていなかった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、これ分けたほうがよくない?」
「どうやって?」
「今やるやつと、待ってるやつ」
「なるほど」
紙の上を二つに分ける。
今やること。
待っていること。
石鹸は待ち。
白いソースも待ち。
鞄は――。
「終わったやつは?」
「別でいいんじゃない?」
「三つにする?」
「好きにすれば」
「急に雑だな」
「レインの紙だし」
もっともだ。
俺は三つに分けて書き直した。
今やること。
待っていること。
終わったこと。
すると、さっきよりずっと見やすくなった。
「……これいいな」
「そう?」
「何もしなくていいやつが分かる」
「そこ?」
「大事だよ」
今までなら、結果待ちの石鹸まで頭の片隅でずっと気にしていた。
でも「待ち」と書いてしまえば、今は動かなくていい。
逆に、何かする必要が出たらそこへ移せばいい。
「これなら忘れないかも」
「紙なくしたら?」
「やめて」
「本当のことじゃん」
「大事にしまっておく」
「どこに?」
「……考えとく」
トーマが笑った。
◇ ◇ ◇
書き直した紙を見ながら、少し考える。
今のところ、俺一人でも困らない。
数だって多くない。
でも、これからまた何か増えたら?
別の町へ行くようになったら?
俺がリーネにいない間に、誰かへ伝えたいことができたら?
「トーマ」
「何?」
「これ、たまに見てもらっていい?」
「なんで俺が?」
「今日めっちゃ直したじゃん」
「勝手に書いてただけだろ」
「じゃあ、そのついで」
「嫌だよ」
「即答?」
「宿の仕事あるし」
そりゃそうだ。
「まあ、暇なときならいいけど」
「お」
「毎日は無理だからな」
「分かってる」
別に仕事として頼むほどのことじゃない。
今はまだ。
でも、たまに見てもらえるだけでも助かる。
机の上には、書き直した一枚の紙。
昨日までは全部、俺の頭の中にあった。
今日からは少しだけ、紙の上にも置いておくことにした。




