気づけば、また時間が経っていた
白いソースの作り方をベルクさんに教えてから、季節が一つ進んだ。
最初のうちは、町の外で売れたのか気になって仕方なかった。ベルクさんを見かけるたびに聞きたくなったけど、そもそも毎日のようにリーネにいる人じゃない。
そのうち、俺も待つことに慣れた。
石鹸も同じだ。
エルダに置いた五個がどうなったかは、次にベルクさんが向こうへ行かなければ分からない。だからといって、結果を知るためだけに往復六日かけるわけにもいかない。
鞄については、ベルクさんから改めてダリオさんへ話が伝わった。
肩紐を広げたのは前より楽だったらしい。底の補強も一往復では目立った傷みが出ず、少なくとも前のものより旅向きにはなっている。ただ、重い荷物を長時間背負えば肩は痛くなるし、雨への弱さもそのままだ。
だから、完成というよりは「前より良くなった」で落ち着いた。
ダリオさんもすぐに大きく作り変えたりはせず、旅向けの鞄を頼まれたときに今回の改良を使ってみるらしい。
全部、少しずつ進んでいる。
でも、俺が毎日走り回る必要はなくなっていた。
◇ ◇ ◇
「暇そうだな」
「暇じゃないよ」
父さんの工房で木材を運んでいると、そんなことを言われた。
「じゃあ今日は何するんだ?」
「今これ手伝ってるじゃん」
「そのあとだよ」
「……まだ決めてない」
「暇じゃねえか」
「予定がないだけ」
「それを暇って言うんだ」
うるさい。
でも、前より時間があるのは本当だった。
八歳のころは、自分で材料を買って、自分で作って、自分で店へ持っていっていた。
今は石鹸を作るのはセラさんだ。
売るのはハンスさん。
鞄を作るのはダリオさん。
白いソースはミラたちが店で使っていて、町の外へ広げるのはベルクさん。
「俺、最近あんまり作ってないな」
「急にどうした?」
「いや、なんとなく」
父さんは作業を続けながら答える。
「作りたいなら何か作ればいいだろ」
「そういう話でもないんだよね」
「じゃあ知らん」
「相談に乗ってよ」
「相談だったのか?」
自分でも分からない。
困っているわけじゃない。
むしろ、うまくいっている。
自分が動かなくても石鹸から金が入る仕組みがあって、貯金も前より増えている。白いソースの作り方を売った300リルだって、ちゃんと貯金に回した。
……本当に。
ほとんど。
「今、一瞬怪しい顔したぞ」
「父さん、作業に集中して」
「はいはい」
◇ ◇ ◇
午後になって、俺は町へ出た。
特に目的はない。
ハンスさんの店へ顔を出して、セラさんのところを通って、途中でミラの店にも寄った。
どこも普通に動いている。
俺がいなくても。
「……いいことなんだけどな」
昔は自分が何もしないと何も進まなかった。
今は違う。
その代わり、関わっている人も増えた。
ハンスさん。
セラさん。
ダリオさん。
ミラ。
ベルクさん。
何か一つ確認したいだけでも、相手によって行く場所が違う。
「レイン?」
呼ばれて振り返る。
トーマだった。
「何してんの?」
「散歩」
「珍しいな」
「俺だって散歩くらいするよ」
「いつも何か探してるじゃん」
「そんなことない」
「この前も市場ぐるぐるしてたろ」
あれは散歩だ。
途中から商品の値段を見てただけで。
「トーマは?」
「買い出し。宿の」
手には袋を持っている。
「何買ったの?」
「塩と、明日の朝の分。あと頼まれた細かいの」
「一人で?」
「これくらい普通だろ」
そう言って歩き出す。
俺もなんとなく隣を歩いた。
「毎回トーマが買いに来るの?」
「いや。父さんのときもあるし、母さんのときもある。暇なやつが行く」
「何買うか忘れない?」
「書いてもらってる」
「書いて?」
トーマがポケットから小さな紙を出した。
買う物が短く並んでいる。
「これ見て買うだけ」
「へえ」
「何?」
「いや、別に」
普通のことだ。
宿で必要な物を確認して、誰かが買いに行く。
でも、誰が行っても同じ物を買えるようにしてある。
「……便利だな」
「何が?」
「それ」
「買い物の紙?」
「うん」
「普通だろ」
「そうなんだけど」
トーマは不思議そうな顔をしている。
俺はもう一度、その紙を見た。
紙には、塩、卵、干し肉と書かれている。その横には小さく「塩は残り半袋」「卵は明日の朝まで」と付け足されていた。
ただ買う物を並べているだけじゃない。
今どれくらい残っていて、いつまで必要なのかまで書いてあるから、買う人が宿の中を見て回らなくても判断できる。
もし卵が売り切れていても、明日の朝に必要だと分かれば、代わりの物を探せる。
逆に、まだ十分残っている物なら、重い袋を余計に持ち帰らずに済む。
誰か一人が全部覚えていなくてもいい。
必要なことを残しておけば、別の人でも動ける。
それなら、石鹸の売れた数や、ベルクさんに頼んだことも同じように残しておけばいい。
いつ渡したのか。
いくつ渡したのか。
誰から返事を待っているのか。
頭の中だけで覚えているから、確認するたびに人を探して、同じことを聞き直すことになる。
「レイン」
「何?」
「また何か考えてる?」
「ちょっとだけ」
「買い物の紙見て?」
「買い物の紙見て」
「変なの」
トーマが笑う。
俺も笑った。
すぐ何かを始めるつもりはない。
でも最近、関わる人が増えた。
俺が覚えていることも増えた。
誰に何を頼んで、何の結果を待っているのか。
今はまだ覚えられる。
たぶん。
「……そのうち忘れそうだな」
「何を?」
「こっちの話」
季節は進んでいる。
俺も、もうすぐ十四歳になる。
そろそろやり方を変える時期なのかもしれない。




